2022年11月1日
2.最後の?入院体験記
9/7から17日間、変形性左膝関節症の手術で入院生活を送りました。実はここ数年入院が続いて、今度こそ“最後にしたいな”と密かに決意していました。
そこで体験して気づいたことー まさに人生の最後まで自立して生きることは難しいことーということでした。
<4人部屋の患者たち>
入院したお部屋は4人部屋。わたしは整形外科だったのですが、おりしもコロナ患者受け入れのため、病室は混合病棟でした。さらに、私以外の3人の女性はみんな80代以上と思われる高齢、しかも「自宅で倒れているのが見つかった」「食事中に気を失った」「、、出血多量で 運ばれた」など。お一人おひとりの詳細は不明ですが、それぞれが救急車で搬送されてきたという患者さんでした。彼女たちが入院して2・3日はたえず医師や看護師が24時間出入りして、慌ただしい雰囲気でした。
< 一体、どんな背景が、、>
このコロナ禍にあっては、家族・友人の面会は禁止。したがって、私以外の3人がどのようなバックグラウンドの方々なのか 全く不明。たった一つの手がかりは こっそりかけている携帯電話だけでした。本来、携帯電話も<各フロアの決められた場所のみでOK>だったようですが、外界との接触がない環境では、ベッドで電話をすることを黙認していました。もちろん、私自身は全く他の人のプライバシーに興味はなく、ひたすら持ちこんだラジオで音楽や英会話講座をきいていたのですが。
ただ 3人のご高齢の女性は既婚、しかし、現在夫は他界。子供がいる人、いない人 いろいろ。おそらく経済状態もいろいろ。さらに認知症が進行していて、「この先 帰宅するのではなく、他の施設に移送を検討中」という人もいました。
この認知症を発症していた女性には、病院のケースワーカー・地域の民生委員などが絶えず、出入りしていました。
<自立しているって どういうこと>
一番、私が衝撃をうけたこと。それぞれの方々が自分自身の症状をキチンと把握できていないこと。したがって「これからどうしたいのか」という意思表示がないということでした。
もちろん、「早く家に帰りたい」という気持ちは全員同じです。が、それについても「子供が仕事で多忙なので、我慢してーもう少しいます、子供をたてなくてはいけないから、、」と 看護師さんへ訴えたりする人もいました。子供―といっても50代でしょう!? 子育ての結果、こんなにも遠慮しなくてはならないの?と悲しくなりました。
―― というわけで、一刻も早く「健康な?私はこの環境を脱出しなくては」と、担当Drに訴えて退院してきたのでした。
―最後まで自宅で過ごしたい。これはわたしの願いです。といいながら、それを実行するには、その願い・希望をキチンと他者にわかるように意思表示しておかなければならない。
ごくごく当たり前のことが、すさまじいリアリテーで、わたしの胸に迫ってきました。幸せな家庭生活を送ったとしても、連れ合いとはいつか別れが来ます。子供もそれぞれ巣立っていきます。
人間は、生まれるときも 死ぬときも一人であるー あたりまえのことをジタバタしないで、しっかり受け止めたいと心から思いました。
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