 

2026年3月1日
1.ボランティアーわたしの原点
1)始まりは
30代後半―今から40年も前のことだった、文京区の広報誌を見たのがきっかけ。始まりだった。
区内に筑波大学付属盲学校があって、そこの教員であるH先生が「対面で書類を読んでくれるボランティアを探している」という募集があり、それに応募したのがスタートだった。
H先生は全盲だったが、当時にしては超先進的なコンピューターを駆使して視覚障害者と健常者、あるいは聴覚障碍者とのコミュニケーションをはかることができるのでは−という研究をされていた。
2)H先生との対話
この体験を通して<ボランティアとは何か?>を根源から学んだといっても過言ではない。
たぶん、半年くらい通った頃(原則 週1回 ・2時間)お約束していた日、時間に伺えなくて度々「スミマセン、遅れます」とか「今日はお休みします」ということが 重なった。
それは、相手との約束をタガエルことだったのでとてもわたしの心境はつらくなった。
「先生、申しい訳ありませんが、度々お約束を変更することになってとっても心苦しいです。辞めさせていただきます。」と申し出た。
すると、こう言われたのだった。
「平井さん、あなたが忙しいのはわたしも重々承知していますよ。お仕事の関係もあるだろうし、人間ですから体調がすぐれないこともありますよ。だから、そういう時は遠慮なく、言ってください。決めたことをちゃんとやらなければーというのは あなたが真面目という事です。真面目であればあるほど、キチンとやらなければという人が多い。でもね。あまりそれに捕らわれる必要はありませんよ。もっと、柔軟にやわらかく考えていいんじゃないかな」
そして、こう付け加えられた。
「私にとって、平井さんのサポートは大変 ありがたいです。だからといって、キチンとちゃんとやらなければーと自分を追い込まないでください。都合が悪ければ、遠慮なく そう言ってください。今は無理でも、また状況が良くなったらサポートしてくれる人の中にあなたがいる、というだけで 私はとても嬉しいことなんです」
このH先生の言葉を聞いてどれほど、心が安らかになったか知れない。わたしの何倍も否何十倍もキャパの広い言葉を伺って本当にほっとしたのだった。
こんなことがあって、結局H先生が定年で学校をお辞めになるまでの数年間 このボランテアは続いた。
3)学んだこと
一生懸命とはどういうことか?
そして その基準は何か?
少なくとも、ボランティアについては<自分が基準ではない>ーということ、
では、相手の求めていること・必要としていることをキャッチする能力とは?
さまざまな根源的な問いかけに、ささやかな答えを得ることができたのは、まさにボランテア活動の経験だった
と、40年を経て実感している私だ。
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