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ざっくばらん ゆき子のおしゃべりコーナー
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2026年3月1日

2.大阪万博を支えてー
<紹介します・私の友人>その32 M・Fさん


<私からひと言・平井ゆき子>

Mさんと会ったのは京都のお寺でした。若いけれど寺について強い関心をもち、じっと一人で佇んでいました。「こんな若い人もいるだ」と印象に残った女性でした。 そして、また次のお寺でも会ったのです。お互い「さっきも、、」と声をあげて、お知り合いになりました。それから、私が京都に行く度にあまり人の知らない穴場を案内してくれるようになりました。そのMさんが「大阪万博のコンパニオンになった」 というので、その貴重な体験を書いてもらいました。40代の素敵な女性です。

 

大阪万博を支えてー

 
M・Fさん
1) 手を挙げたきっかけは?

大阪○○パビリオンのアテンダントを募集します。世界でここでしかできない経験です」

2024年5月のある日、吉村大阪府知事の定例会見の一部が、テレビの情報番組で一斉に流れました。何気なく見ていたその画面に、私は思わず目を奪われました!!

当時、地元大阪でも万博には冷ややかな空気がありました。それでも私は、開催を心から楽しみにし、できることなら関わりたいと思っていたからです。

京都検定マイスターとして日本文化を学んできたこと、そして幼い頃にCAを夢見た原点。日本を伝え、世界を知ることができる場所だと感じ、挑戦することを決めました。

そして面接を経て、幸運にも内定をいただきました。結果的に、好待遇のアテンダントだけでなくボランティアの応募も多く、当初のマスコミの予想に反し、万博への関心は想像以上に高かったのです。

 

 

2)始まる前の特訓

3月上旬から約1か月の研修が始まりました。年齢も経歴も異なる124人が集まり、元国際線ファーストクラスCAの方によるおもてなし研修を受けました。前職でも接客経験はありましたが、体系的に学ぶのは初めてで、多くの気づきがありました。

中でも印象的だったのが、来場者を「お客様」とは呼ばず、「来館者」として一人ひとりと対等に向き合うという考え方です。これは、このHPを作成しているゆきこさんから以前教わっていた「アサーション・率直な自己表現」そのもので、その考え方には以前から親しんでいたので、研修内容もすんなりと受け止めることができました。一方で、実践、特にクレーム対応では感情に巻き込まれない難しさも実感しました。この研修で学んだ姿勢は現場で大きな支えになりました。

そして、いよいよテストランの日を迎えました。大阪府民が来場し、初日は約1万人、翌日は約3万人だったと記憶しています。想像以上の人の多さに、現場は一気に緊張感に包まれました。さらにメディアデーもあり、著名人や芸能人、政治家など多くの方が訪れ、万博が本当に始まるのだと実感した瞬間でした。

 

大阪パビリオンで撮影した25年後の私―だそうです。
今回いろいろ制約があって、素敵なユニフォームの写真は掲載不可とのこと。
ハットするような美人です、残念!!(平井 記)

 

3)そして、始まった!!

 開幕当日はあいにくの雨でした。楽しみにしていたデモンストレーションの飛行も中止となり残念でしたが、それでも大屋根リングの上で行われた「一万人の第九」は無事に実施されました。参加していた友人が、ずぶ濡れになりながらパビリオンまで会いに来てくれ、その姿を見た瞬間、胸がいっぱいになりました。忘れられない万博初日でした。

さて、私がパビリオンで担当していたのは、予約コーナーでした。万博全体がSDGsの一環(未来社会の実験場)としてペーパーレスを推奨しており、入場や予約はすべてスマートフォンとアプリが必須でした。

本来は事前登録をお願いしていましたが、十分に伝わっておらず、来館者が入口付近で立ったままアプリを入れ、登録する場面が多くありました。特に高齢の方にとっては負担が大きく、その操作をお手伝いすることや、混雑の中で分かりやすく伝えることに苦労しました。

それでも、こうした経験を通して、人と向き合い、伝えることの大切さを改めて実感しました。そしてその思いは、海外パビリオンでの出会いへとつながっていきます。

 

 

 

4)忘れられない パキスタンパビリオンの男性

 万博で特に印象に残っているのが、パキスタンパビリオンで出会った オマールさんです。
「ピンクソルト」は「パキスタンのみに存在する自然資源」だという話を、丁寧に説明してくれました。その様子はYouTubeの動画でも見ることができます(思わず引き込まれてしまいますよ!)。
また、隣国との関係など、答える事が難しい質問にも、言葉を選びながら分かりやすく説明してくれた様子が忘れられません。何より驚いたのは、その日本語の美しさです。敬語の使い方や言い回しがとても丁寧で、相手への配慮が行き届いた、心地よい日本語だと感じました。

自国の文化に誇りを持ちながら、相手を尊重して語る姿勢に強い感銘を受け、世界と向き合うとはこういうことなのだと実感できました。 
一緒に話を聞いていた友人もすっかり心をつかまれたようで、後日、どこで買ったのか(笑)と思うほど立派なピンクソルトの塊をプレゼントしてくれました。 

 

5)万博を体験したからこそー

万博での経験を振り返って感じるのは、華やかなイベントの裏側には、数えきれないほどの「人と人とのやりとり」があるということです。予約対応で戸惑う来館者の方に向き合った時間も、海外パビリオンで異なる文化や価値観に触れた瞬間も、すべてが学びの連続でした。

特に印象に残っているのは、相手を尊重しながら伝えることの大切さです。研修で学んだ「アサーション」は、現場でこそ意味を持ちました。

 

 

 

―来館者とのふれあい

例えば、アプリ登録の操作がうまくいかず、不安や戸惑いからいきなり強い口調で詰め寄る来館者の方がいらっしゃいました。私はまずその気持ちを一旦受け止め、共感した上で「ご不便をおかけしています。一緒に確認してみましょうか」とお声がけしました。すると表情が和らぎ、「実はスマホが苦手で・・お恥ずかしい」などと本音を話してくださいました。無事に登録が完了(しないと進めない)したときの安堵の笑顔といったら‼︎ 

言葉一つ、態度一つで、張りつめていた空気がふっと和らぐのを実感しました。それは、以前ゆき子さんから教わり、研修でも学んだアサーションの意味を、現場であらためて理解できた瞬間でした。

 

 

―仲間との交流

そして、もう一つ忘れられないのが仲間の存在です。
ある日、足を痛めながら持ち場から戻ろうとしていたことがありました。できるだけ普段どおりに振る舞っていたつもりでしたが、階段ですれ違った仲間がふと立ち止まり、柔らかな物腰で、穏やかな笑顔を向けながら、

「なにかお手伝いできることはありますか」

と丁寧に声をかけてくれたのです。それは決して大げさな言葉ではありませんでした。ただ、その自然さと、相手を思いやる気持ちがにじむような佇まいが、まっすぐ私の心に深く響きました。
その一言に、張りつめていた気持ちがふっと緩み、涙がこみ上げそうになりました。

万博という大きな舞台の裏で、私たちは互いを気にかけ合う小さなチームの一員でもあったのだと、そのとき実感しました。

本当は、その方のことをもっと知りたい気持ちもありました。でも、そのときは、その立ち姿と心配りだけで胸がいっぱいになってしまったのです。ただ、その姿勢に心から尊敬の念を抱き、私もいつか誰かにとってそういう存在でありたいと思いました。

 

 

 

―未来へ続くー

 さらに最近知って、心が弾んだのが、大屋根リングの端材が 2027横浜花博 で再利用されるということ。万博で生まれたものが、形を変えて次の舞台へとつながっていく。その連なりを想像すると、未来の会場を歩く日が今から楽しみになりました。関東の方にも、ぜひ身近に感じてもらえたら嬉しいです。

パビリオンでの仕事は決して楽なことばかりではありませんでした。しかし、私にとって人の温かさや世界の広がりを実感できる貴重な時間でした。万博は「未来の展示」だけでなく、「今を生きる人の姿」を映し出す場所でもあります。この経験は、これからの私にとっても、大切な指針であり続けると確信しています。 

 

 


以上

 

 

 



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