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ダービー 「ケドルストン」型水差し(ペア) (1783-84年頃)
A Pair of Derby "Kedleston" Ewers Ca.1783-84

 

 

 

 

 

 新古典派の特徴を持つこの水差しは、ダービー窯では1770年代の終わりごろに導入されたとされる。もともとは、紀元前4〜6世紀のギリシャの作品を元にしているとのことであるが、1770年代当時の英国における壺を巡る開発競争(コラム9. Vase Madness(壺狂い)を参照。)の中で、ボルトン社の金属装飾を施した石器、ウェッジウッド窯の陶器(アゲートウェア(Agateware)やブラックバサルト(Black Basaltes))で先行して導入されていた形状だとされている。ダービー窯ではブルア期に入っても製造が継続された人気作品となり、さらにはミントンなどでも類似の作品が製造された。(ダービー「D2-20」参照。)

 「ケドルストン(Kedleston)」型という呼称はダービー作品に特有のもので、1787年頃にスカースデール卿(Lord Scarsdale)がこの形の作品を含む3点の壺のセットをダービー窯に注文し、その一つに彼の居城であるケドルストン・ホール(Kedleston Hall)が描かれたことに因むとされている。本品も3点あるいは5点といった壺のセットの一部だった可能性がある。(2点だけのセットだった可能性もあるが。)

 ダービーの壺類の型番には、「ケドルストン」型水差しではあっても細部の形状が異なるものが複数存在している。具体的には、88番、92番、98番、99番である。型番の違いは、主として首部、肩部、ペデスタル部の装飾に表れると見られる。本ペアの形状は、88番に類似している。本ペアのうちの一つの裏面に"N○○"と型番が刻まれているようなのだが、裏面が広く削られているため、残念ながら正確な番号を読み取ることができない(ただし88ではないように見える)。

 また、四角い土台には、金彩による大理石風模様が描かれている。その模様の中に隠すようにして、「金の錨」マークが記されている。1770年以降のチェルシー・ダービー期におけるこのマークは、一般にはダービーで焼成されてチェルシーで絵付けされた作品に記されたものとされているが、壺類に関してはダービー製でダービー絵付けの作品にも「金の錨」マークが用いられたと考えられている。なお、ダービーにおける「金の錨」マークはの使用はチェルシー工場の閉鎖とほぼ同時に(すなわち1784年頃に)終了したとされている。

 胴体部分にある金の縦縞模様は、チェルシー・ダービー期の典型的な装飾であった。両面の中央パネル内には各々風景画と人物画が描かれているが、風景画はチェルシー窯出身で1783年末頃にダービーに移ってきたザカライア・ボアマン(Zachariah Boreman)の手によるものと考えられる。

 人物画を描いた人物の特定はあまり容易ではなく、リチャード・アスキュー(Richard Askew)がまず考えられるが、彼は1783年頃には既にダービーを去っていたとされている。ジェイムズ・バンフォード(James Banford)は、その時期にはまだダービーに来ていない。この人物画には画題が記されており、左側の写真は"LIBERTY"(自由)、右側は"INNOCENCE"(潔白)である(ダービー「D2-19」参照)。人物の足の下方、金枠内の最下部の枠すれすれの部分に記載されている。肉眼でもかなり読みとりにくいので、写真での判読は困難かもしれない。1782年のダービー窯のオークション(於:Christie and Ansell)に、次のような出品がある。

  ペアの相互に対応する壺、枠内にエナメルでInnocenceとLibertyの絵付け。

また、その前年、1781年の同窯オークションには次のような作品が出されている。

  ペアの特大(高さ2フィート近く)の八角形壺(jar)、自然の花の装飾、人物画と風景画等のエナメル絵付け、模様が彫られ艶出しのされた金彩で豪華に装飾、人物画は「バッカスの信奉者(a votaress of Bacchus)」と「祭壇で手を洗う潔白者(Innocence washing her hands at an altar)」

 本品に描かれたInnocenceは、この1781年オークションに出品されたものと同じ図柄であろう。そして、翌1782年オークションのInnocence and Libertyは、まさに本品と同じ組み合わせである。旧約聖書の詩篇第26篇(Psalms 26)に、以下の一節があり(日本語訳は筆者仮訳)、本品のInnocence図は、おそらくこの一節を下敷きにしたものであろう。

  I will wash mine hands in innocency
  So will I compass thine altar, O LORD


  我、潔白のままに我が手を洗い
  而して、主よ、汝が祭壇を廻らん

 一方のLiberty図では、女性が帽子を被せた竿を持っている。この帽子はフリジア帽(Phrygian cap)と呼ばれ、古代から自由のシンボルとされ、米国独立戦争やフランス革命の際にも多用された。竿の方もliberty poleと呼ばれて自由独立の旗竿として、あるいはフリジア帽と合わされて、自由の象徴として描かれてきた。本品が作られた1780年代前半は、米国独立(1776年)後ではあるが、まだフランス革命(1789年〜)の前であるので、直接的には米国独立を支えた自由の思想を古典的な人物像に体現させたものと言えるかと思う。(この点は、フランス革命では赤いフリジア帽が象徴に用いられる例が多いが、本品の帽子の色は白であることとも符合する。)



高さ(H):26cm

マーク:金色の錨。裏面にパッチマーク及び片方の水差しに刻み込んだ"N"とそれに続く判読不能の数字(?)
Marks:Gold anchors. Patch marks. Incised "N" and undecipherable numerals(?) underside of one of the pair.

参照文献/References:
- Catherine Beth Lippert
"Eighteenth-Century English Porcelain in the Collection of the Indianapolis Museum of Art" Catalogue Number 31
- John Twitchett "Derby Porcelain" Colour Plate 29 and Plate 168
- Phillips Catalogue "The Watney Collection of Fine Early English Porcelain, Part II" Lot 782 (for Vase No.88)
- Bernard Rackham "Catalogue of the Herbert Allen Collection of English Porcelain" Nos.105 and 153 (for Vase No.92)
- Franklin A. Barrett & Arthur L. Thorpe "Derby Porcelain 1750-1848" No.118 (for Vase No.92)
- Gilbert Bradley "Derby Porcelain 1750-1798" No.51 (for Vase No.92)
- Anthony Hoyte "The Charles Norman Collection of 18th Century Derby Porcelain" p.26 (for Vase No.92)
- F. Brayshaw Gilhespy "Crown Derby Porcelain" Figs.101 and 102 (for Vase Nos.98 and 99)
- H.G. Bradley "Ceramics of Derbyshire 1750-1975" Nos.34 and 35 (for Vase No.98)
- Geoffrey Godden "Eighteenth-Century English Porcelain, A Selection from the Godden Reference Collection" Item 24
- E.M. "Reconstructing a Derby Vase List" DPIS Newsletter No.62 (Summer 2008) pp.21-29


(2009年7月掲載、2011年2月更新)