トップ(Home) ダービーのトップ (Derby Home)
ダービー ミニチュア壺(1790年頃)
A Derby Miniature Vase C.1790
*最後の2つの写真は、フラワーポット(D3-17)とフィギュア「秋」(D3-22)のマーク
ダービーのミニチュア壺。卵型の胴体の両側に顔型の取っ手があり、そこから花綱が吊るされている。胴体はピンク地で、花綱は多色彩、顔や口縁、台座などには金彩が施されている。本品のような作品は他に類例を知らないが、全般に新古典調の壺で、台座の形状なども、ダービー作品であることを示している。裏面マークを見ればさらに明確で、型番'N106'とリペアラーのIsaac Farnsworthのマークである'*'が刻み込まれている。ミニチュア作品であるにもかかわらず、パッチマークも見られる。
壺の型番はチェルシー・ダービー期の初期に付番が始まったが、106番が導入されたのはもう少し後の時期、具体的には1780年代末頃のことだと考えられる。型番が一つ後の107番の壺に関して、1790年4月1日付けの販売記録が残っている他、同年6月10日にロンドン店舗責任者のジョセフ・リゴがウィリアム・デュズベリー宛てた手紙の中で「この12か月かそれ以上、107番のビスケットの花綱のない壺を、これは売れるはずですので、いくつか発注しているのですが、一つも届きません」と苦情を述べている。ということは、107番の壺は1789年には既に導入されていたということになる。また、もう少しだけ型番の下がった112番の壺が導入されたのは1792年頃だと考えられている(ダービー(D3-18)を参照。)。
マークに関しては、さらに'773'という数字が刻み込まれている。これと同じ数字が、上の写真(最後の2枚)にあるとおり、フラワーポット(ダービー(D3-17))とフィギュア「秋」(ダービー(D3-22))にも同じく刻み込まれている。いったいこの数字は何を意味しているのか?(この'773'という数字が付されている他の作例は知られていないし、議論されたこともないはずである。)
この3作品とも多くのマークが付されている。他に窯印、型番、サイズ、リペアラー、金彩師のマークがあるので、'773'はそれ以外の何かを意味するはずである(なお、刻み込まれているとこうことは、リペアラーが付したものだということになる)。この3作品に何か共通する点があるならば、それを指し示すのがこの数字なのかもしれない。現時点では何の答えも持ち合わせていないが、以下で少し頭の体操をしてみたい。
まず考えられるのは、特定の製造時期を表すものかもしれないという点である。ただし、3作品とも1790年頃の作品だと考えられるので、773という数字自体が年月(例えば1773年や73年7月)を直接表すものではないであろう。一方で、773という数字で表される何らかの記念となるような事柄があったのか。例えば、1789年3月に国王ジョージ3世が病から回復して、国全体が祝祭ムードになったが(デュズベリーは自宅に多くのランプを設置してイルミネーションの祝いを実施している。)、これを記念して何らかの特別な作品を作ったということは考えられないか?しかし、そうだとすると作品にその記念を記す装飾があるべきかもしれないし、そもそも773の意味合いが分からない。
あるいは、大口顧客からの注文で773点の作品がひとまとまりとして製造されたのかもしれない(各作品に総数を記載することが、それほど意味のある製造管理方法だとは思えないが)。あるいは、773というのは顧客番号だったのかもしれない。しかし、ダービーが顧客を番号で管理していたという記録は見たことがないし、他の似たような(3桁の)番号が振られた作品も見たことがない。
ダービーは、1792年末に高級保養地のバース(Bath)に小売店舗を開設した。従来のロンドン店舗向けの製品と区別するために、バース向け作品に特別なマークを付けた可能性はある。しかし、それではやはり773の意味合いは分からないし、バースで販売された作品全てに773と記載していたのであれば、もっと多くの作品が見つかってもよいものである(あるいは、バース店舗開設初期のみのマークだったか?)。
もしかしたら、773というのは何らかの実験のためのマークだったのかもしれない。例えば、生地を作るための原料の配合比率(7:7:3)で、これを変えながら焼成実験を行ったのかもしれない(他の比率、例えば664といった数字は見たことがないが)。1790年11月にダービーはVauxhall(ロンドン)から土を購入したが(おそらくその時が初めて)、その土を用いた実験だった可能性はある。773は、窯入れの際の何らかの指示(例えば窯内での置き方、温度調整、焼成期間など)だったのかもしれない。
また、1790年にダービーでは新窯建設を考えていたようで、そのための職人(fireman)をロンドンで探している。同年11月には、そのfiremanに試作品数点を渡して焼成のトライアルを行わせたとの記録がある。773という数字は、その試作品に付された番号だったのかもしれない。(トライアルの結果はあまり芳しくなかったようである。)
以上、頭の体操というより、妄想のようなものになってしまったが、読んでいただいた方にはお付合いに感謝。
高さ(Height):7.2cm
マーク: 全て刻み込みで、裏面に'N106'、'*'及び'773'、パッチマーク
Marks: 'N106' as the model number, '*' for the repairer Isaac Farnsworth, and '773', all incised at the bottom. Patch marks also at the bottom.
参照文献/References
-Brian R. Bricknell "Derby Modellers 1786-1796" Derby Porcelain International Society Archive Report I
-A. P. Ledger "The Bedford Street Warehouse and the London China Trade 1773-1796" Derby Museum and Art Gallery Derby Porcelain Archive Research Volume 2
(2020年3月掲載)