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ダービー 半卵型の壺 (1770-80年頃)
Derby Semi-Ovoid Urn Ca.1770-80

 

 

 

 


 本作品は米国のあるディーラーから購入したのだが、その際、「来歴」と称する一枚の紙が一緒に送られてきた。ニューヨークのハマー・ギャラリー(Hammer Galleries)のレターヘッドにタイプ打ちしたもので、オリジナルのレターではなくコピーではあるが、以下のように書かれている(原文もあわせて掲載する)。
来歴

甘味壺

二つの取っ手がついた半卵型の壺。蓋はドーム型で螺旋状のひだ飾り付き。縞模様の取っ手には鋲の装飾が施され、また白地には狭い金の縦縞、青と金のひだ、その他形式的な縁飾りが施されている。二つの楕円形の枠のうち、一つには庭にいるふた組のカップルが彩色でパテール風に、もう一つには三人のアモー(キューピッド)が単色でブーシェ風に描かれている。四角い台座に据え付けられており、台座には青地の上に金の縞模様が施され、チェルシー・ダービー磁器窯の金の錨マークが記されている。1770年頃。

台座に"No.72"の刻印

J.P.モルガンのコレクションより



History

SWEETMEAT URN


Two-handled semi-ovoid porcelain urn with domed and spirally gadrooned cover. The strip-work handles are studded with bosses; decorated with narrow vertical gold stripes on a white ground with blue and gold gadrooned and other formal borders, it has two oval reserves, one in color showing two couples in a garden, in the manner of Pater, the other a group of three amors in grisaille in the manner of Boucher; it is mounted on a square foot decorated with gold stripes on a blue ground and bearing the gold anchor-mark of the Chelsea-Derby Porcelain Works, circa 1770.

The base is impressed "No.72".

From the collection of J. Pierpont Morgan.
 ハマー・ギャラリーは、今でも営業を続けている老舗アート・ディーラーである。現在では近現代絵画を専門にしているが、20世紀中頃までは陶磁器などの装飾美術も扱っていた。偉大な銀行家であり、かつ比類なき美術コレクターであったJ.P.モルガンのコレクション売却をハマー・ギャラリーが手掛けたのは1940年代中葉のことだったという。残念ながら、同コレクションの個別作品に関する記録は、ハマー・ギャラリーには残っていないということである。

 さて、本作品の形状や装飾に関する説明は、上記「来歴」に詳しいので重複は避けるが、胴体中央の枠内に描かれている図柄に関しては、少しだけ補足しておきたい。「来歴」では、ジャン=バティスト・パテール(Jean-Baptiste Pater)とフランソワ・ブーシェ(Francois Boucher. ダービー「D2-13」を参照。)のスタイルで描かれた人物画とされている。両者ともフランスのロココ派を代表する画家である。英国磁器においては、ロココ主義の影響が大きかったのは1760年代までのことで、1770年代以降(ダービー窯で言うとチェルシー・ダービー期以降)は新古典主義の影響が大きくなる。形状面でも直線的で左右対称の均整のとれたもの、図柄も神話などに題材をとった人物画や自然な風景画が多くなるのがこの時期である(ダービー「D2-14」を参照)。本品も、形状や金彩ストライプなどは新古典派の典型例であるが、そこに描かれた図柄は、なぜか両面とも一昔前のロココ趣味という、アンバランスな作品となっている。

 なお、チェルシー・ダービー期の人物画については、リチャード・アスキュー(Richard Askew)が描いたものとされるケースが多い。しかし、彼の絵付けに関しては、あまり研究が進んでいないのが実態であり、他の絵付け師の名前が知られていないこともあって、人物画であれば全て彼の手によるとされているきらいがある。キューピッド図はアスキューの代表作とされてはいるが、本品のキューピッドとダービー「D2-13」のキューピッドは、同一絵付け師によるものと考えてよいであろうか?また、本品の2つの人物画は同一絵付け師によるものであろうか?

 本品のような壺は、元来いくつかの壺・水差しなどの組合せで販売されたケースが多い。本品と同形の壺に関しても、ペア(ノーマン・コレクション(Norman Collection)の例)や、5点セットの中央作品(この5点のうちの2点はダービー「D2-14」と類似形のいわゆる「ケドルストン」型水差し)といった実例がある。(ダービー(D2-45)を参照。)


<追記>
 ある方から、本品に描かれている図柄(パテール風の田園人物図)の本絵について、アントワーヌ・ヴァトー(Jean-Antoine Watteau:18世紀フランスのロココ派の画家)の2枚の絵画の各々一部を組み合わせたものだとのご指摘をいただいた。その2枚(及び組み合わせた部分)とは次のとおりである。

La Partie Quarree (c1713, Fine Arts Museums of San Francisco)
https://art.famsf.org/jean-antoine-watteau/foursome-la-partie-quarr%C3%A9e-19778
(左側に座っている男女2人とその背景にある壺が置かれた支柱)

Les Bergers (c1716, Schloss Charlottenburg, Berlin)
http://watteau-abecedario.org/bergers.htm
(中央で立っている男女2人)

 2枚とも油絵であるが、英国にはおそらく版画(原画とは反転する)で伝わり、ダービー(あるいはデュズベリー経営下のチェルシー)で、直接的にはその版画を本絵として描かれたものだと思われる。



高さ(H):24cm

マーク:台座上面に金色の錨。裏面にパッチマーク及び"No 72"の刻み込み。
Marks:Gold anchor on the upper surface of the plinth. Patch marks and incised "No 72" underside.

参照文献/References:
- Anthony Hoyte "The Charles Norman Collection of 18th Century Derby Porcelain" p.8 for a pair of vases in this shape.
- H.G. Bradley "Ceramics of Derbyshire 1750-1975" Nos.31-35 for a garniture of five vases including the central vase in this shape.


(2009年11月掲載。2017年8月更新)