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原典を読む 1.Thomas Craftのボウルの箱書き(1790年)


 ボウのよく知られた作品に「トマス・クラフトのボウル」があります。ボウの主要絵付け師の一人、トマス・クラフト(Thomas Craft)の手によるもので、大英博物館に収蔵されています(「美術館探訪」の同博物館のページ参照)。特に有名なのが、この作品が収められている箱で、その蓋の内側にクラフト自身による手書きの由緒が記されているのです。「箱書き」が重要だなどというと、まるで和骨董の世界のようですが、ここでいう箱とはボール紙で作ったもので、文章は紙に書いたものが丸い蓋の内側に貼り付けてあるという代物です。

 いずれにしても、この箱書きはあまりに有名で、ボウ研究に欠かすことのできないものとなっています。ボウに関するほとんど全ての文献で、何らかの形で引用・言及されていますし、またジェイムズ・ジャイルズ工房についての記述もあるので、ウースター/ジャイルズ関連の文献にも頻繁に登場するなど、これまでの英国磁器研究で大きな役割を演じてきました。(ただし、全般的にあまり信用できる記述ではないとする否定的な見解もありますし、ジェイムズ・ジャイルズに関する記述についても、現在では誤りがあるとされている点には留意が必要です。)

 この興味深い文章を読むと、研究者ならずとも、興味を覚え、また疑問に感じる点が多々あることでしょう。ここでは記述内容についての説明はあえて行わず、若干の脚注を付すにとどめますが、関連文献等をあげておきますので、関心のある方は参照してみてください。


大英博物館サイトの「トマス・クラフトのボウル」のページはこちら
(ボウル本体と箱書きの写真あり)


箱書きの写真は、下記関連文献10.("Freeman Collection")のジャケット裏表紙にも大きく掲載されています。


原 文 仮 訳
This Bowl, Was made at Bow China Manufactory, at Stratford le-Bow in the County of Essex, about the year 1760, - and Painted there by Thomas Craft, my Cypher is in the Bottom; - it is painted in what we used to call the old Japan Taste, a taste at that time much esteemed by the then Duke of Argyle; there is near 2 peny-weight of Gold; about 15s; I had it in hand at different times about three Months, about 2 weeks twice was bestowed on it, it could not have been Manufactured &c, for less than £4, there is not its Similitude; I took it in a Box to Kentish town, and had it burned there, in Mr. Gyles's Kiln, cost me 3s, it was cracked the first time of using it; Miss Nancy Blake Sha, a Daughter of the late Sr. Patrick Blake was christened with it, I never use it but in particular respect to my Company, and I desire my Legatee, (as mentioned in my Will) may do the same; - Perhaps it may thought I have said too much about this trifling Toy; - A reflection steals in upon my Mind, that this said Bowl may meet with the same fate that the Manufactory where it was made has done; and like the famous Cities of Troy, Carthage &c, and Similar to Shakspeares Cloud-cap't Towers, &c. - The above Manufactory was carried on many years, under the firm of Messrs. Crowther and Weatherby, whose names were Known almost over the World; - they employed about 300 Persons; about 90 Painters (of whom I was one), and about 200 turners, throwers &c were employed under one Roof; the Model of the Building was taken from that at Canton in China; - the whole was heated by 2 Stoves, on the outside of the Building, and conveyed through Flews or Pipes, and warmed the whole, sometimes to an intense heat, unbarable in Winter; it now wears a miserable Aspect, being a Manufactory for Turpentine, and small Tenements, - and like Shakspheres Baseless Fabric of a Vision &c. - Mr Weatherby has been dead many years, - Mr. Crowther is in Morden College, Blackheath, and I am the only Person, of all those employed there, who Annually visit him, T. Craft, 1790.  このボウルは、エセックス郡ストラトフォード・ル・ボウにあったボウ磁器工場で1760年頃に作られ、トマス・クラフトによってそこで絵付けされた。底に私のモノグラムがある<注1>。私たちがオールド・ジャパンと呼んでいたスタイルで絵付けされているが、このスタイルは、当時、時のアーガイル公爵<注2>に高く評価されていたものである。2ペニーウエイト近くの金、約15シリングかかったが、が用いられている。私はこれを別々のときに手にし、約3ヶ月間、そして約2週間の二度を費やしている。製造するのに4ポンド以上かかっており、類似品はない。私はこれを箱に入れてケンティッシュ・タウンに持っていき、ジャイルズ氏の窯で焼いてもらった。3シリングかかった。
 これが初めて使われたときにひびが入った。故パトリック・ブレイク卿の娘であるナンシー・ブレイク・シア嬢<注3>が、これを使って洗礼を受けた。しかし私は、私の会社への敬意から、一度もこれを使用しなかった。私の遺産相続人(遺言に書くが)にもそうしてほしい。
 おそらく、私はこの価値のないガラクタについて話し過ぎだと思われるであろう。このボウルが、それが作られた工場と同じ命運をたどるのではないかとの思いが、私の心に忍び込んでくる。有名なトロイやカルタゴといった都市、そしてシェークスピアの「雲を頂く塔」 <注4>などと同じように。
 上述の工場はクラウザー、ウェザビー両氏の会社の下で長年に渡って運営されてきたもので、両氏の名前はほとんど世界中に知れ渡っていた。彼らは約300人を雇用していた。約90人が絵付け師(私もその一人であったが)で、約200人のろくろ師その他が、同じ屋根の下に雇用されていた。建物のモデルは中国の広東の建物から想を得たものである<注5>。建物全体が2つのストーブで温められていた。それは建物の外にあり、管を通って伝えられ、全体を暖めていたが、ときにはあまりの熱で、冬でも耐えられないことがあった。現在ではみじめな状況にあり、テレビン油の工場となり、そして小さな貸家となっている。シェイクスピアの「礎なしに建造された幻影」<注4>のように。
 ウェザビー氏は何年も前に亡くなった。クラウザー氏はブラックヒースにあるモーデン協会の施設<注6>にいるが、私は雇用されていた全ての者たちの中で、毎年彼を訪問する唯一の人間である。T.クラフト、1790年
<注1>ボウルの内底に、トマス・クラフトのイニシアルである"TC"とそれを反転して左右対称に並べた組合せ文字が、花文字で描かれている。
<注2>アーガイル公爵三世であるアーチボルド・キャンベル(Archibald Campbell. 1682-1761)は、磁器のコレクターとしても知られており、ボウの上顧客であった。
<注3>ナンシー・シア(Nancy Barbara Ann Shea)は、パトリック・ブレイク卿(1742-84年)の非嫡出の娘で、1778年(79年?)に洗礼を受けたとされる。
<注4>シェークスピアの引用は二箇所とも「テンペスト(Tempest)」からのもの。
<注5>ボウは自らの社名を"New Canton"と称していた。(コラム1及びコラム2のボウのページを参照。)
<注6>モーデン協会は、ビジネスに失敗して財産を失った高齢者を支援する目的で設立された慈善組織。1700年に施設を開設し、今日まで活動を継続している。

関連文献・サイト(発行年が新しいもの順)
1. Stephen Mitchell "The Marks on Chelsea-Derby and Early Crossed-batons Useful Wares 1770-c.1790" (2007) p.10
2. Stephen Hanscombe "James Giles China and Glass Painter (1718-80)" (2005) Chapter 1 Introduction
3. Roger Massey "Independent china painters in 18th century London" English Ceramic Circle Transaction Volume 19 Part 1 (2005) pp.163-164
4. Geoffrey A. Godden "Godden's Guide to English Blue and White Porcelain" (2004) p.51
5. John Sandon "The Dictionary of Worcester Porcelain Volume I 1751-1851" (1993) p.177
6. Peter Bradshaw "Bow Porcelain Figures circa 1748-1774" (1992) pp.26-28
7. Elizabeth Adams & David Redstone "Bow Porcelain" (1991 revised) pp.31-33, p.79
8. Geoffrey Godden "Eighteenth-century English Porcelain A Selection from the Godden Reference Collection" (1985) p.20
9. Gerald Coke "In Search of James Giles" (1983) p.4 and p.84
10. Anton Gabszewicz and Geoffrey Freeman "Bow Porcelain The Collection Formed by Geoffrey Freeman" (1982) p.15, p.20 and the back of the dust jacket
11. Bernard Watney "English Blue and White Porcelain of the Eighteenth Century" (1973 2nd edition) pp.5-6 and p.19
12. R.J. Charleston, ed. "English Porcelain 1745-1850" (1965) p.45 and p.47 (Bow section written by Hugh Tait)
13. Trustees of the British Museum "Bow Porcelain 1744-1776" (1959) Nos.111-112 (p.43) and Fig.37
14. H. Rissk Marshall "Coloured Worcester Porcelain of the First Period" (1954) p.22
15. W.B. Honey "Old English Porcelain A Handbook for Collectors" (1946 revised) p.80
16. William Chaffers "Marks and Monograms on European and Oriental Pottery and Porcelain" (1946. 14th reviserd edition) p.915
17. Bernard Rackham "Catalogue of the Schreiber Collection Vol. I Porcelain" (1928) p.5 and No.75 (p.21 and plate 9)
18. Frank Hurlbutt "Bow Porcelain" (1926) p.103 and Plate26
19. R.L. Hobson "Catalogue of the Collection of English Porcelain in the Department of British and Mediaeval Antiquities and Ethnography of the British Museum" (1905) p.2 and Item I.62 (pp.18-19, Fig.13)
20. William Bemrose "Bow, Chelsea and Derby POrcelain" (1898) pp.2-3
21. Llewellynn Jewitt "The Ceramic Art of Great Britain (Volume I)" (1878) p.201

22. 大英博物館サイトの「ハイライト」セクションでの本作品の解説:http://www.britishmuseum.org/explore/highlights/highlight_objects/pe_mla/b/bow_porcelain_bowl,_painted_by.aspx
23. ヴィクトリア&アルバート美術館のA-Mark作品の解説(アーガイル公爵関連?):http://collections.vam.ac.uk/item/O335489/cup/


(2011年12月掲載)