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2003年4月
Italy(4/23-4/24/03)
Italy(4/25-4/27/03)
Germany(4/27-4/29/03)
Germany(4/30-5/1/03)
Denmark(5/1-5/3/03)
2003年5月

Seek first the kingdom of God and His righteousness,
and all these things shall be added to you.

My Diary (Italy)

4/22/2003

ぼったくり

『地球の歩き方』にもスリやぼったくりには充分注意をするようにと、 他の国にはないくらい沢山のページを割いて対処法が出ています。 K子に関しては、プラハで現金を数十万円もすられるという事件があったので、 今回はリュックではなくショルダーバッグをたすき掛けにし、その上にジャケットを着るように、 又派手な格好はしないように、又前回も言ったのですが(守らなかった) 現金は持たずにT/Tにするようになど事前に注意を促していました。 それでも、彼女はケアレスで時々バッグのファスナーが開いていたりするので、 私はしょっ中指さし確認をしていました。(^_^;; K子のまわりには本当に事件が多い(!)問題処理をするのはいつも私の役目だ。 事件はコロッセオ(円形闘技場)とフォロ・ロマーノ(政治経済宗教の中心だった所の古い遺跡) の間あたりで起りました。 そのあたりには、当時のローマ兵の格好をした鎧姿の人達が、 観光客と一緒に写真を撮っている光景をあちこちで目にしました。 一見何も問題がなさそうに見えます。恐らく他の国の人達にはそうなのかも知れません。 でも『地球の歩き方』には注意をするようにと書かれていました。 勝手に写真を撮って、莫大なお金を要求するぼったくりです。 きっと日本人はおとなしいしお金を持っているので、足元を見られていてカモにされやすいに違いありません。 K子には、そういう人達にはぐれぐれも関わらないようにと言っていました。

私はフォロ・ロマーノからコロッセオに向かって、K子よりちょっと先を歩いていました。 その時、後ろの方で私を呼ぶ声がするので、何かと思って駆け寄ると、 ローマ兵の格好をした人が彼女のカメラで写真を撮って、100ユーロー払えと言っていると言う。 「だからあれほど注意しなさいって言ったじゃないの。何やってんのよ。」 と言ったものの、私は問題処理をしなければならない。(^_^;; ローマ兵が「100ユーロー払え。」と言うので、「ちょっと待ってよ。 彼女は何も知らなかったのよ。別にあなたに写真を撮ってもらおうなんて思っていなかったのだから、 あなたにお金を払う必要はないわ。」と言ったら、相手は「払え。」の一点張り。 こちらは「No!」を言い続ける。そのうち、100ユーローが50になり、50が15ユーローまで下がりました。 でも私は、「払わない!」と言い続けました。 恐らく、日本人は言葉の問題もあるでしょうが、弱いので、言われるままに100ユーローを払った人達がいるのでしょう。 彼は「My job」だと言う。シャッターを一回押しただけで13000円も要求するなんて、 随分良い商売をしているものだ。 私は「Your jobじゃなくて、これはcheatingじゃない!?彼女は払う必要はありません。」 「No!」と吐き捨てるように言うと、K子の腕を引っ張って、その場を去りました。 こんな仕事を恥かしいとは思わないのだろうか。汗水流して働いてみろよと言いたい。(^_^;;

喧嘩

ドタバタのローマ入りから明けた今朝、朝一から喧嘩してしまいました。 今度は行き先のことでした。日本にいる時に、ローマには6泊するけれど、 1日はナポリ・ポンペイのバスツアーに現地で申し込むという話になっていました。 というか、私はそこに行ったことがあるので、彼女が言い出さなければ行くつもりはありませんでした。 ところが彼女は、ボケてしまったのか、そんな話は昨日初めて聞いたと言い出し、 自分はフィレンツェに行くつもりだと言い出した。そんなぁ〜。 私は寝耳に水でした。私は『地球の歩き方』だって、ローマ編しか持っていないのに。(^_^;; そこで彼女は怒り出しました。でも、私も、何で彼女の勘違いでそこまで言われるのか、 成田から累積されて来た理不尽な思いで本当に切れてしまいました。 「いい加減にして!あなたみたいな人とは一緒に行動出来ない。そんなに私に文句があって、 言葉が出来ないんだったら、パッケージツアーで来れば良かったでしょう!私はもう知らない。 別行動にしましょう。もうやってられないわ。(^_^;;」と部屋を出て朝食に行きました。 前回の旅行の時でもそうだったのですが、日本ではやりたい放題でも、 海外に出たらワガママは通用しない、私がいなかったら何も出来ないのだということを知ってもらう為にも、 こういう粗療法は必要なのです。

ところが、今回これは効き目がなかったようで、朝食に来ると「H、私日本に帰るから。」と言う。 私は、「(帰れるものなら帰ってみなさいよ)じゃあ、帰れば。」と突き放し、 スペイン広場に向かって行きました。 一人になってせいせいした私は、オードリー・ヘップバーンが『ローマの休日』で歩いたスペイン階段を上まで上がり、 ローマに来たことを改めて実感したのでした。下に降りて、 スペイン広場のすぐ傍にアメックスのオフィスがあり、 アメックスの円のT/Tを手数料無しでユーローに換えることが出来ました。(今までの旅行の時も、 空港の両替のカウンターではなく、アメックスでやれば良かった。) アメックスを出て又広場に戻ると、K子の後ろ姿が見えたのでポンと笑顔で肩を叩くと、 ホテルの人に聞いたら、言葉がわからない為、 某ブランドショップに日本人のスタッフがいるからその人に聞いてみるように言われたという。 でも行ってみると、その人は13時に出勤するのでそれまで待つようにと言われたという。 『どこまで強情なんだろう。本当に日本に帰るつもりなの?』と思いましたが、 どう考えても一人でローマ空港に行って飛行機に乗り、フランクフルトで乗り換えて成田に帰れるわけがありません。 結局、ここは私がなだめるしかないので、静かに話し始めました。 取りあえずは何とかおさまりました。(^_^;;

スリリングなローマ入り(2)

フランクフルトで電話をかけて一仕事を終えたような気持ちでいましたが、 日本時間ではすでに夜中の移動なので、疲れたこともあり意識が朦朧として来ていました。 私はふいにYのことを思いました。彼は週に2、3日正社員の仕事を終えた後、 21時から翌朝9時までの入力のバイトをしている、私は遊びで徹夜状態だけれどYは普段からこんな思いをしながら頑張っているんだと思うと、 切なくなってしまいました。 K子に至っては、前日とその前も殆ど徹夜だったということで、彼女の怒りはピークに達していました。(^_^;; 8年前もケンカしたけど、彼女の状態があまりにもひどいので、 それとなく聞いてみると、彼女はもう更年期障害に入ったのだという。(同じ学年なのに!) それでいつもイライラしていたのか・・。(^_^;; 空港でのタクシーのトラブルが多発していると聞いていたので、ローマに到着しても緊張していました。 到着ロビーで、二人の男女が近寄って来て「タクシーに乗って行きませんか」という。何度も言われたので、 白タクかも知れないと警戒していました。でも、良く見ると首に身分証明書を下げていたし、 オフィスも空港内にあるのが見えたので、そのカウンターまでついて行きました。 ホテルコンティーリアまで行きたいと言うと、Fareは、夜中でもあったしfixで67ユーローだとのこと。 『地球の歩き方』だと50〜70ユーローだとあったし、その女性スタッフも、 変なタクシーに乗ってしまうとメーターがどんどん上がって行って高額な料金を請求されると言っていました。 そう言われても異常に警戒していた私は、彼らのローマのオフィスに電話してもらい、 電話を代わってもらって私が話し再確認したのでした。 最初は駄目だと言っていましたが、円のT/Tでも受け付けてくれることになり、 それには最初ローマ市内のオフィスに寄ってからホテルに行くということで、 私達はとにかくタクシーに乗ることにしました。まぁその時も、 K子にはもっと安くするように交渉しなかったことをなじられました。(^_^;;

今回は二人だから良かったものの、一人だったらどれだけ恐かったろうと思うと、 眠気も醒める思いでした。10分くらい走った頃、それでもちょっと心配になり、 全員がぐるで私達は騙されていて変な所に連れていかれるんじゃないかとか思ってしまい、 ドライバーに「オフィスではなく、ホテルに行って下さい。そこでT/Tをユーローのキャッシュにしてお支払いしますから。」 と言いました。高いレートで両替されるかも知れないと警戒したこともあるからです。 でも、小さいホテルなので、両替出来ないかも知れないと言われ、案の定換えられませんでした。 ホテルのフロントのアルビーノさんが、ポケットに手を突っ込んだかと思ったら、 本当にポケットマネーで67ユーローを立て替えてくれました。 借用書は、紙切れに、「Albino Euro 67 HS(私の名前)」と私が書いただけでした。 『え!?・・これで良いの?(^_^;;』と思いました。 まぁ、イタリアだから、この辺はアバウトなのよね。アルビーノさんには感謝しました。 その後にビックリしたことには、私達の6泊のブッキングがされていないという。 メールで2回もconfirmationをもらっていた(1回は6泊の確認、2回目はTwin Roomの確認) のにもかかわらず!良く聞いて見ると、同じレートでランクが上の姉妹ホテル、 ラ・ルミエールの方を提供してくれたのでした。 おそらく、良い客なのでマネジメントがそうしたのかも知れません。 私にとっては、メインステーションのTerminiのそばのホテルだったからブッキングしたわけで、 観光やショッピングが便利な抜群のロケーションにあると言われてもなぁと最初は思いましたが、 とにかく一分でも早くホテルに行って寝たい一心でした。 ホテルが支払った又別のタクシーでそのホテルに行きました。 やれやれと思ったのもつかの間、K子がホテルのことで又私に文句を言い始めました。 あぁ、私の受難はまだまだ続く・・。(^_^;;

スリリングなローマ入り(1)

平常心でいようとしていた私でしたが、K子にはすでに成田にいた時からいい加減切れました。(^_^;; 「どうにもならないことをいつまでもああだこうだと言うのはやめてよ。 あなたは文句を言ってれば良いでしょうけど、私はフランクフルトの空港からローマのホテルに電話をかけて、 フライトが大幅に遅れて予定より6時間以上も到着が遅れることを話し、 空港からどうやってホテルに行ったら良いのか、先のことで頭が一杯なのよ。 これからのことを考えなきゃいけないの!いつまでもぶつぶつ言うのはもう良い加減にして頂戴!」 私が非常にナーバスになっていたのは、ローマ空港に着くのが夜中で、 銀行は閉まり、電車は走っていない状態で、どうやってホテルに行くか考えていたのでした。 恐れていたのは、『地球の歩き方』に出ていた、『問題の始まりは空港のタクシーから』だということでした。 よく知らない外国でしかも夜中です。東京だって夜中にタクシーに乗るのは恐いと思うのに。 私は、当初特に海外から国内や海外に電話をする予定はなかったのですが、 何となく成田でKDDIのカード(KDDIスーパーワールドカードというプリペイドカードで、 恐ろしく長い国ごとに違うアクセスナンバーや、カードナンバーを押さなければならないけれど、 海外の公衆電話やホテルから、1000円で1050円分かけられる便利なカード)を買って持っていたので、 本当に助かりました。円のトラベラーズチェックしか持っていなかったので、 これがなかったら電話もかけられませんでした。 (フランクフルトの空港で両替をしようとしましたが、乗り換え地点にはそれがなかったのです。 あったのかも知れませんが見つかりませんでした。) カードの使い方がイマイチわからなかった(普通の国際電話では国番号の後の局番の頭の0を取るのですが、 このカードは0を付けなければならなかった。最初それに気がつかなかった為に繋がらなかった。) のですが、何とかローマのホテルに電話することが出来ました。


4/21/2003

フランクフルト空港にて(2)

フランクフルトで4、5時間待つことは大丈夫だと思っていました。 問題はそれ自体ではなくK子が問題でした。(^_^;; いつも思っていることを口に出さないではいられないK子ですから、 このような飛行機関係のトラブルに大騒ぎで、黙っているわけがありません。 彼女は怒りがおさまらず、ずっと文句を言い続けていました。 「最初からこんなんじゃ、先が思いやられる」「心配だ」 「予定通り飛んでいれば、今頃は〜だったはずだ」とか、 どうにもならないことばかり口にするので、本当にうんざりしました。 私の心は、平安で守られているのですが、K子は神様を信じていないので、 物事を後ろ向きにネガティブに考えてしまうのは仕方がないことなのかも知れません。 私はトラブルよりも、感情的で短気なK子をどう扱いなだめるかが、 旅行が上手くいくかどうかの鍵だなぁと思いました。私はK子には合わせられますが、 彼女は出来ないのだから・・。 8年前の旅行でも、彼女のまわりにはトラブルがあり、私は、英語が話せない彼女のトラブルの処理でいつも大変でした。 特にプラハで彼女が大金をすられた時は、英語が通じないプラハ警察にいた通訳のおばちゃんと、 ドイツ語で話しチェコ語に通訳してもらったなど、あの一時間も、 その後の彼女が不必要に持って来た5枚ものクレジットカード(番号も控えていなかった!) を止めるのに本当に大変でした。。(^_^;; いつも一人旅の私ですが、今回は外国語が全く出来ない彼女と一緒で、 「プチ添乗員状態」なので大変・・・。(^_^;;色々とワガママな彼女だけれど、 ここは一つ添乗員に徹するしかないのかなと、溜め息を吐きました。神様私に知恵を与えてください。 そして助けてください。

フランクフルト空港にて(1)

時間がかなり飛んで、今フランクフルト空港にいます。 昨年のドタバタも記憶に新しいところですが、今まで経験しなかったことを経験するのは本当に緊張です。 昨年はロンドンからグラスゴーに行く時のフライトがキャンセルになった時も、 初めての経験でどうなることかと思いましたが、色々なことを経験するたびに新しい勉強をさせていただき感謝です。 経験を積むことによって、問題に対する処理能力が養われる思いです。 とは言え、今回の旅行、しょっぱなからトラブルがありました。 最初のローマ行きは9:50発のフルトハンザでフランクフルトに行き、そこからローマに飛び、 到着予定は現地時間の18:00(日本だと夜中の1:00)になる筈でした。 ところがこちらに向かうルフトハンザの車両故障で、一旦フランクフルトを出発した便が空港に戻り、 整備をしてから成田に向かった為、私達のフライトは大幅に遅れ2時間10分遅れ、 さらに遅れて出発は13:00くらいになってしまいました。 フランクフルトでのつなぎの便が次の便に変更で、21:40発になり、 ローマにつくのは23:25着予定、ホテルに着くのは現地の夜中過ぎになることに! (日本時間だと朝7時とか8時、殆ど徹夜状態じゃん。(^_^;;) こんな経験は初めてなのですが、昨年のキャンセルの時みたいにはパニックにはなりませんでした。 旅行の時はいつも、恵みの御座で祈って頂き、自分でも祈って出て来るのですが、 今回のように、飛行機の機内でもずっと祈り続けていたのは初めてでした。 声を出さないで小さく異言で祈り、心の中で賛美を歌い続けていました。 そうしないではいられなかったのは、便が遅れたとかそういう不可抗力のことが心配だったのではなく、 K子のネガティブな発言に平常心でいるのが難しくなりそうだったからです。(^_^;; 祈れば祈るほど心が平安になり、主がどんな時でも共にいて下さるのだという実感がいつもより増して感じられました。

成田へ

今回の旅行の最初の一週間は6歳から知っている幼なじみのK子とローマを旅行し、 後半一週間はいつものように一人でドイツとデンマークを旅行する予定です。 今回はフランクフルト経由でローマに向かう為、いつもより早いフライトで出発することになっていました。 私はその為に4時台には起床、6時には最寄りの駅を出発していました。 K子にいたっては、スナックを経営している為、仕事が終る夜中2時過ぎに茨城を出て成田に向かうのだという。 (つまり徹夜ですね。(^_^;;)私はいつもながら前日の夜にスーツケースをパッキングし、 4時起きがちょっと心配だったので、パッキングは途中で止めて寝ることにしました。 しかし4時起きは辛かった。ま、K子はもっと辛いんだろうけど。 前回オーストリアとチェコを旅行した時に1回喧嘩したことがあるし、又彼女がスリに遭わないように充分に注意が必要な旅行だと思いました。 問題は私がスカイライナーで成田に向かっている途中から始まっていました。 彼女から携帯で電話が入り、どうやらフライトが2時間遅れるということでした。 このフライトの遅れに関してが、私達の最初の喧嘩の原因となりました。(^_^;;

1997/5-2002/10までの日記は、諸事情により、当面非公開とさせていただきます。