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2003年4月
Italy(4/21-4/22/03)
Italy(4/23-4/24/03)
Italy(4/25-4/27/03)
Germany(4/30-5/1/03)
Denmark(5/1-5/3/03)
2003年5月

Seek first the kingdom of God and His righteousness,
and all these things shall be added to you.

My Diary (Germany)

4/29/2003

ビール・ドイツ語会話

広場の一角にあるBeck's Bistroというレストランでお昼を食べることにしました。 メニューはドイツ語オンリーなので、ちょっと緊張しながら、 Fleisch(肉)かFisch(魚)かどちらかにまず絞り、その後、 無難そうな(知っている単語があるやつ(笑))のを注文しました。 「Gegrillte Putersteaks mit Tomaten - Hollendaese gehratenem Gemuese und Kartoffeln」 と「Beck's」というビールです。普段ビールは飲みませんが、せっかくドイツに来たのだからと、 ドイツに来たら必ず一回は飲むことにしています。(笑) 喉が渇いていたせいか、最初の2、3口くらいまでは美味しく感じました。 後は・・・・。(笑) 思った通り大皿で、2人前以上の量が来る。(^_^;; もったいないので、ものすごく時間をかけてトライするものの、やっぱり半端な量じゃないので、 食べられませんでした。 毎年ドイツでは、電車であっちこち遠出していた為、電車の中でサンドイッチとコーラばかりでしたが、 ローマも含め、今年は親愛なるマクドナルド(笑)にはまだ一回も入っていません。 さて、コーヒーでも追加注文して帰ることにしよう。

ウェイトレスが、私が残したお皿を見て「おいしかったですか。」 とドイツ語で聞いて来たので、「美味しかったですけど、私には多すぎました。」と答えました。 それを聞いていた隣に座っていたおばちゃんが、私に声をかけて来ました。 彼女も「美味しいけど量が多いよね」と言っていました。 そう言っているところをみるとドイツ人じゃないなと思ったら、 30年前に結婚してブレーメンに住んでいるポルトガル人でした。 彼女の英語が怪しいので、私のドイツ語も充分怪しいですが(笑)、 ドイツ語で会話しました。 たわいもない話をしていましたが、内気で寂しがり屋の私に、神様が連れて来て下さった人だと思いました。 彼女は「Good luck!」と最後だけ英語で私に言うと、お店を出て行きました。 穏やかな時間が過ごせました。

ブレーメン(Bremen)

昨日に引き続きゆっくりの朝になってしまったので、お天気も悪そうだし、 やっぱりベルリンに行くのはやめて、8年振りにブレーメン(あの『ブレーメンの音楽隊』のブレーメンです) に行くことにしました。 昨日ホテルの人に聞いていた通り、Erst Merh Strasse(ちょっとスペルが・・) にあるインターネットカフェに行く。 日本語のBBSは復活したみたいだけれど、ここのブラウザーでは日本語が全然読めない。(;_;) 英語のBBSを覗くと、kazuhisaさんと田崎先生の書き込みが♪ 英語の苦手な筈の田崎先生が?と思ったらローマ字でかかれた日本語だった。(笑) いずれにしても、本当に嬉しかった。1人旅の時は、 気心が知れた人達のメッセージは特別に嬉しいです。(^_^) 又、私の為に祈って下さっている方々が、教会以外にもいらっしゃることに、 本当に心から感謝します。 11:46発の電車に乗り、ぼんやりと外の景色を眺めながらブレーメンに向かう。 どこまでもどこまでも緑、可愛い家並みが時々見える。 新緑の美しいこの景色が見たくていつもゴールデンウィークに来ているようなものです。

ブレーメンに着き、駅から歩き始める。8年前は真冬だったので、随分景色が違う感じがします。 ブレーメンは良い天気で感謝!方向音痴の私は又迷ってしまいました。(苦笑) でも、ドイツの独特の「歌う鳥」の声、池に浮かぶ綺麗な色のダック。 人々はのんびりと散歩したり、ベンチでお昼を食べたりしている人がいたり様々です。 市庁舎の横には、本当に見過ごしてしまいそうな場所に、ブレーメンの音楽隊の像が立っています。 一番下のロバの口と足を触る人(幸運を願うとかで・・)が多いらしく、 そこだけ金色に光っていました。リープフラウエン教会、市庁舎、聖ペトリ大聖堂を見る。 聖ペトリは前回の時と全然印象が違って見えました。 冬で暗く寒かったせいもあったかも知れませんが、今回は明るい雰囲気で、 入口の左側の方にお願い事を紙に書いて貼るボードはまだありました。 ベトヒャー通りでおみやげをみたりした後、広場に戻って遅い昼食を取ることにしました。


4/28/2003

リューベック(Luebeck)

1人の朝は快適だった。(笑)穏やかで静寂な時間が嬉しい。 今回は日本を出発する2日前にキールのSに会えなくなったので、 当初ハンブルク中央駅の真ん前にあるオイロペーシャー・ホフに1泊するはずでしたが、 4泊することにしました。ちょっと高くつきますが、場所がすごく便利で以前も泊まったことがあるホテルなので安心です。 所謂伝統と格式がある古い4つ星ホテルです。ドイツということもあるかも知れませんが、 イタリアと比べると朝食が格段に良い。さすが4つ星。イタリアの3つ星とは違う。 数年前までは、欲張ってあれもこれも見ようとItineraryを何枚も作って、それに沿って旅行したものですが、 今はプランを立てる暇もないということもありますが、とりあえず『地球の歩き方』と『ヨーロッパ鉄道時刻表』 を持って来ることにし、現地で計画を立てることにしています。 今回もジャーマンレイルパスを使うことにしていました。 ゆっくり朝食を取り、11:07 Hamburg発でLuebeckに向かいました。 Regional Expressで40分のごく近い所です。

リューベック駅からちょっと歩くと、市のシンボルのホルステン門が見えました。 少し行って右側は聖ペトリ教会がありましたが、上には登らず、あてどもなく歩いていると、 例によって又どこにいるのかわからなくなってしまいました。 でも、日本でいうCLCのようなお店があったので、思わず立ち寄りました。 讃美は万国共通のようで、私達が教会で讃美しているような曲が店内に流れていました。 正直言って、観光用になってしまった教会にいるより、遥かに心が和み嬉しい気持ちになりました。 迷ってここにこれたのもお導きだと思いました。 店員がドイツ語で話しかけてきたので、英語に切り換えてもらいました。(笑) 私は、ドイツ人の友達Sに『Power in Praise(讃美の力)』のドイツ語版をあげたいと以前から思っていたので、 聞いてみたら、マーリン・キャロザーズ師の最新の本しかなく残念に思いました。 さらに話していたのですが、Sはchurch-goingクリスチャンではないので、 神様を信じるようになって欲しいからこの本が欲しいと思ったことを話すと、 その人は、個人的に自分の友達に勧めて読んでもらいそれによって救いに導かれたという Chatherine Marshallの『Bete und staune』という本を持って来ました。原書のタイトルは不明ですが、 動詞のbeten (=pray), staunen (=to be astonished)のおそらく命令形だと思われるので、 直訳すると「祈りなさいそして驚きなさい」のような意味でしょうか。(汗) 私は読んだことがないけれど、彼女の証しからそれを買うことにしました。

お店に流れていた『Songs 4 Worship Be Glorified』というIntegrity Musicから出ているCDもついでに買いました。 又、珍しかったので、『あしあと』のドイツ語版を教会のドイツ語のわかる姉妹と私用に買いました。 このような詩です。ドイツ語とオリジナルの英語を並べてみました。訳がピッタリ合っていないかも知れませんが。



ドイツ語					英語



Eines Nachts hatte ich einen Traum:         One night I dreamed a dream.

Ich ging am Meer entlang mit meinem Herrn.  I was walking along the beach with my Lord.

Vor dem dunklen Nachthimmel                 Across the dark sky

erstrahlten, Streiflichtern gleich,         flashed scenes 

Bilder aus meinem Leben. Und jedesmal       from my life. For each scene, 

sah ich zwei Fussspuren im Sand,            I noticed two sets of footprints in the sand,

meine eigene und die meines Herrn.          one belonging to me and one to my Lord.	



Als das letzte Bild an meinen Augen         When the last scene of my life shot before me

voruebergezogen war, blickte ich zurueck.   I looked back at the footprints in the sand.

Ich erschrak, als ich entdeckte,            There was only one set of footprints.

dass an vielen Stellen meines Lebensweges   I realized that this was at the lowest

nur eine Spur zu sehen war.                 and saddest times of my life.

Und das waren gerade die schwersten         This always bothered me

Zeiten meines Lebens.                       

                    

Besorgt fragte ich den Herrn:               and I questioned the Lord about my dilemma.

"Herr, als ich anfing, dir nachzufolgen,    "Lord, you told me when I decided to follow You,

da hast du mir versprochen,                 You would walk and talk with me all the way.

auf allen Wegen bei mir zu sein.		

Aber jetzt entdecke ich,                    But I'm aware 

dass in den schwersten Zeiten meines Lebens that during the most troublesome times of my life 

nur eine Spur im Sand zu sehen ist.         there is only one set of footprints.

Warum hast du mich allein gelassen,         I just don't understand why, 

als ich dich am meisten brauchte?"          when I needed You most, You leave me."



Da antwortete er:                           He whispered, 

"Mein libes Kind,                           "My precious child,

ich liebe dich und werde dich               I love you and will 

nie allein lassen,                          never leave you

erst recht nicht in Noeten                  never, ever, during your trials

und Schwierigkeiten.                        and testings.		

Dort, wo du nur                             When you saw only  

eine Spur gesehen hast,                     one set of footprints it was then 	 

da habe ich dich getragen."                 that I carried you."	



                                            -Margaret Fishback Powers-	

マリエン教会を見た後、リューベックでは市庁舎の傍のNiedereggerというお店でおみやげを買うことにしました。 ここは名物のMarzipan(日本語ではマジパンというらしい)を沢山買い込みました。 そこのカフェで遅い昼食を取りました。 帰りの電車に間に合うように歩いていたら、Puppet Museumが目に入り、 行ってみました。世界中の操り人形がコレクションされていてとても興味深く思いました。 昨日からドイツに入りましたが、「Danke schoen」が本当に耳に心地良い。 昨夜ハンブルク中央駅前の(臨時の)マーケットでぶどうをひと房買った私に、 「Schoene Abend!(よい晩をお過ごしください)」と言ってくれたおじさんの笑顔が優しかった。 トイレにいるおばさんについても、ただ機械的にお金をとってブスッとしているイタリア人とは違って、 「Danke schoen」「Bitte sehr」などという笑顔の挨拶が、穏やかで優しく感じられます。 イタリア人のように陽気でうけをねらったりしないけど、生真面目で穏やかなドイツ人が私には合っているのかな。 町も電車もドイツは綺麗です。イタリアでは、歩きタバコのあまりの多さとモラルの欠如にうんざりしていたので、 ドイツはやっぱりホッとします。イタリア通の人には、本当にごめんなさい。(^_^;; 私はイタリアの会社には2年半以上勤めたし、イタリア人の性質はちょっとはわかっていたけれど、 東京に送られて来るEx-pats達はやっぱりエリートで人種が違うのかも・・・と思いました。


4/27/2003

飛行機の窓から

フランクフルトからハンブルクに向かう飛行機の窓から、 地上に見える家並みを見た時、いろいろな意味でホッとしました。 殆ど毎日悩まされた軽い偏頭痛に、イタリア語は本当にやかましくストレスフルな言葉でした。 同級生なのにもう更年期が始まったらしいK子が、その為にいつもイライラしていて以前よりももっと短気になっていた。 普段静かで穏やかに過ごしている私にとっては、仕事は別ですが、そういうK子との旅行は6割以上がストレスでした。(^_^;; でも、なんだかんだと言いながらも、私の家の問題とか色々話して、 いつも私の味方になってくれるのはK子だ。彼女は人の心の痛みもわからないドライな人では決してありません。 そうは言っても、一人旅は飽きてしまったといいながら、一人が慣れてしまった私は、 彼女と別れて一人になって正直ホッとしました。(笑) やっぱり、イエス様にお話しながら旅をするのが好き。 世の中の人は(K子だけなのかも知れませんが)神様を知らないので、 小さなことに感謝することが出来ないようです。 同じ状況にあっても、ネガティブにしか考えず文句を言うK子。でも、 私は何かあったとしても神様のお恵みと思う。

でも、神様は、信じる信じないにかかわらず、全ての人の罪の為に、十字架で死んで復活して下さったのです。 神様は、「地球のはるか上に座して、地に住む者をいなごのように見られる。(イザヤ40:22)」 とあります。こんなに大きいスケールで天地を創造された神は、 何故こんなに小さな存在の私なんかを命がけで愛しておられるのでしょうか。 そんなことを考えていたら、うるうるしてきて涙が出そうになりました。 ハンブルク空港に降下し始めた時、今まで見たこともない程の大きな虹を窓から見ました。 そのまわりにももうひとつ虹がかかっていました。 あまりにも素晴らしい虹だったので、隣に座っていたドイツ人に「Rainbow. (^_^)」と指を差して話しかけてしまいました。 私は、虹=神様の約束のしるし、のように思っているので、思わず『イエス様、私のお願いを叶えて下さったことを感謝します。』 と心の中で祈りました。

フランクフルトでさよなら

結局(荷物がものすごく増えた)K子と私は、タクシーでレオナルド・ダ・ビンチ空港に向かいました。 見送ってくれたのはお兄ちゃんのスタッフでした。私は「友達はフランクフルトから東京に帰るけれど、 私はドイツとデンマークを1人でもう一週間過ごすの。」とか世間話もしていました。 さよならする時は、これでイタリア語を使う最後のチャンスかなと思い、「Grazie mille」 とお礼を言ってバイバイしました。 日曜日だったのと荷物の為にやや割り増しになり、52ユーローくらい取られました。 でも、先日の夜中の67ユーローと比べたら・・。タクシーの中から見えた景色は、 私達が電車であっちこち行って歩いた観光スポットを通り過ぎて行き、 確かにアルビーノさんが言ったように、ものすごく便利な場所だったのだと言うことがわかりました。 ローマは一駅が短いので、一駅歩くのも大した距離ではなさそうだ・・。 次回はもうちょっと賢く歩けるかも知れません。でも、ローマはやっぱり一人旅というわけにはいかない場所です。(^_^;; ローマ〜フランクフルトのフライトは30分ほど遅れで出発し、 K子とはフランフルトでお別れでした。ドタバタの一週間で、飛行機や電車は遅れるものだということを学習したK子は、 今更もう騒ぐことはありませんでした。(良かった・・) 外国に来て、すべてのことを「日本だったら○○じゃない?!考えられない。」 などと言い始めるときりがありません。生活習慣、文化など違っているから面白いんじゃない? K子は少しはわかってくれたのかな。(^_^;;

あと一週間旅行が続くと1人でいるのが寂しくなるのかも知れません。 喧嘩する相手がいるだけで良いと思えるのかも・・。 神経質な私とそうじゃない彼女とは、6歳からの幼なじみだから喧嘩も出来るけれど、 大人になってから知り合った友達だったら、絶対に続かないだろうなと思う。 私にとってのプライオリティは「素直さ」もだけど「正直さ」かな。だから、 彼女が素直じゃなくても嘘がないので付き合えるのだ。 私の場合、二面性のある人はいずれ付き合わなくなってしまう。 仕事でも、今自分で派遣会社・営業担当を選んで使っているような恵まれた状態にあるのですが、 口先だけの調子の良い人はすぐわかるので敬遠します。言葉は拙くても、 誠実で信頼出来るような人が良い。 ところで、ハンブルク行きの乗り継ぎが4時間以上も空いていたので、 成田で買ったKDDIのカード(日本の携帯電話にもかけられるので便利)を使ってS姉妹に電話をしたらお話し中だったので、 Yの携帯にかけると留守電になっていた。(T_T)メッセージは明るい声で残しておいたけど・・。 ビックリするだろうなぁ。(笑) 再びS姉妹に電話すると今度は出た。一分位しか話せなかったけど、寂しくなったら携帯じゃない方に電話するからと言いました。

1997/5-2002/10までの日記は、諸事情により、当面非公開とさせていただきます。