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ざっくばらん ゆき子のおしゃべりコーナー
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2006年1月1日

3.悲しみが思い出になるまで
 −Kさんと出会った不思議な日々−


 2005年11月上旬、前のおしゃべりコーナーで ご紹介した本「悲しみから思い出に」の著者K・ギルバートさんがアメリカから来日した。私はこの日本語訳に小文を書かせていただいた。そのご縁で、執筆した日本人数名の方々とKさんを囲んで食事会があり、その後2度 彼女の講演会に伺った。Kさんは日本人の父と日系人の母の間に生まれた、私と同世代の女性。14歳まで日本にいたので、日本語はできるが、いまや英語が母国語といってもいい。とても美しい英語で講演の最後に詩を朗読され、心に染み入ってきた。
このKさんの考え・思いについては、またいつか整理してご紹介したいと思う。

 実はこのKさんと1週間に3度も会っている丁度このときに、関西にいる仕事の仲間Yさんが急逝した。まだ48歳の若さだった。ここ4年ほど、仕事の縁が途絶えていたが、私が独立して仕事を始めたときにものすごくお世話になった人だった。


 仕事は大阪だったが、お葬式は奈良のお住まいの近く、という連絡をうけた。たぶん、Kさんに会わなかったら、弔電だけですませていたかもしれない。「どうしようか」少し、逡巡したが、日帰りで奈良まで行き最後のお別れをした。「大切な人を亡くしたとき、人はどうやってその痛みを乗り越えるのか」という、Kさんの話が強く私を突き動かしたのだった。

 Kさんの本にはまず<親しい人が亡くなったとき、喪失感ははかりしれないが、そのことに思いを漂わせていい>といっている。そして それを<語り、書き出し、行動する>ことで<死を理解できる>と書いている。たぶん、お葬式に伺わなかったら、この<思いを漂わせる>ことが 未消化のまま、後悔が残りそうに思えたのだ。

 、、とはいうものの、予想していたとはいえごく少数の人(亡くなった本人の会社の人)以外は 誰も知らない方ばかりだった。セレモニーの後、その少数の人もご遺体につきそって行ってしまったので、本当にひとり外国にぽつんと取り残された気分になった。近鉄(よくYさんと乗った電車)で奈良から京都まで、そして新幹線に乗った。さすがに、心が悲しみと寂しさで溢れそうになって、京都駅で熱燗を飲まずにはいられなかった。

 これから、幾度となく経験するだろう、親しい人との別れ。そして、やがて自分自身も生との別れを経験する。死は決して、無視したり避けたりするものではなく、自然で心豊かな人生の果てに訪れる最後のレッスン、、。そう 思える人生を 今年も生きたい。





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