コラム
 
  このコラムは、ESIの七人の理事たちが順に担当、それぞれに関心事や話題を提供します。
各理事のプロフィールは「Whatユs ESI?」をご覧ください。

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1.NPO「サンタフェ研究所」の活動戦略 田中三彦
2.「共生社会への扉」 伊藤英紀
3.「中医学と薬草」 小祝慶子
4.「わらじを百足つくりました」 赤羽金雄

   

NPO「サンタフェ研究所」の活動戦略

ESI副理事長 田中三彦

 アメリカ・ニューメキシコ州の州都サンタフェは、アメリカ先住民、スペイン、メキシコの文化が融合した人口7万の小さな町だ。ほとんどすべての建物がアドービ(日干し煉瓦)でできている。「複合系の科学」のメッカとしていまや世界的に有名な「サンタフェ研究所」(SFI)は、町の中心から車で20分、ほとんど人気のない砂漠の大地にひっそり建っている。われらのESIもかなり田舎にあるのが自慢(?)だが、このSFIには負けそうだ。
 96年、日本で突如「複雑系」のブームが起きた。そのブームのきっかけをつくったのは、ミッチェル・ワールドロップというアメリカの科学ジャーナリストが書いた『複雑系』(原題 complexity 新潮社)という一冊の本だった。複雑系という新しいバラダイムを世界に提示し浸透させるために多くの科学者が協力し合いながら最終的に「非営利のサンタフェ研究所」を設立するまでの興味深い人間ドラマを描いたものだ。その本をたまたま私が翻訳していたことから、その年の秋SFIを訪れ、プレジデントや研究者たちから直接話を聞く機会に恵まれた。
 SFIはその活動資金を全面的に国の基金や企業献金に頼っている経済基盤がきわめて脆弱なNPO(非営利)の研究機関だが、だからこそ、その活動戦略は緻密で、ユニークだ。われわれESIにとって大いに参考になるのではないかとも思うので、簡単にSFIの活動戦略を紹介してみたい。

(1) 組織と研究の戦略
 研究活動の資金を国や企業に頼ると、研究内容に国や企業の意図が強く反映されたり、研究結果 という知的財産が特定の企業に独占されたりと、ともするとひも付き的研究組織になってしまう可能性があるが、そうならないように、SFIには50人を超える内外の科学者からなる「科学委員会」( Science Board )がある。毎年予算年度がはじまる前にこの科学委員会が招集され、複雑系に関するその年度の具体的な研究プロジェクトが決定される。
 こうして決定された各研究プロジェクトを中心的推進するのは、大学や企業に籍を置く多数の著名な「外部研究者」( External Faculty )たちだ。彼等は必要に応じてサンタフェを訪れ、他の研究者と打ち合わせをしたり議論をしたりする。大学が休みの時は、学生を連れてきてセミナーやワークショップを開く外部研究者も多い。ここでとくに注目したいのは、SFIは外部研究者に給料を支払っていないということ。しかし外部研究者にボランティアを求めているわけではない。外部研究者はSFIの研究費を使って自分が興味をもっている研究に取り組めるから、ギブ・アンド・テイクの関係はちゃんと成り立っているのだ。
 外部研究者以外の研究者もいる。というより、外部研究者はどちらかと言えばスーパーバイザー的な存在で、実際にこつこつ研究をするのは、SFIに献金している企業からの研究者や、博士論文作成のためにきている大学院生たちだ。彼等はSFIでの研究を通 じて一線級の研究者の指導を仰ぐことができるので、SFIに応募し、厳しい審査を受けて入ってくる。
 このほか「SFIの顔」とも言うべき、「常勤研究者」( Faculty Residence )が数人いる。サンタフェの町に住み、SFIから直接給料をもらっている研究者たちだ。みな著名な科学者で、ノーベル賞受賞者もいたりする。この常勤研究者がいるからSFIの対外的信用は高く、まただからこそ国の基金や企業からの献金がこれまで順調に得られてきたと言えるだろう。

(2) 目的に対する戦略
 SFIはその役割を「複雑系の科学を普及させるための触媒」と定めている。言い換えれると、SFIそれ自身が複雑系科学の「頭脳集団」になることを目的としていない。SFIの目的は、SFIに出入りする研究者をとおして、複雑系の科学を世界じゅうに浸透させることにある。だからSFIは、できるだけ多くの研究者がSFIに関ってもらいたいと思っている。逆に言えば、SFIに関わる研究者が固定化し、マンネリ化することをいちばん恐れている。そのためSFIは、同じ研究者がSFIに関わる年数を、原則として「最長5年」にしている。
 もう一つの注目すべき戦略は、研究結果(知的財産)の全面的公開だ。実際、だれでもインターネットから自由にSFIの研究論文をダウンロードすることができる。驚くべきことに、開発されたさまざまなコンピュータ・プログラムもダウンロードできる。
 このように、だれもが知的財産をただで入手できるとなると、SFIに献金する企業には何のメリットもないように思えるが、じつはそうではない。献金している企業にはさまざまなセミナーやワークショップが用意されたり、企業の研究者をSFIに長期派遣することができたりする。
 SFIは「規模」に関して、建物のスペースも所員数も必要以上増やさないという明確な戦略をもっている。はじめ小さかった会社が、成功するにしたがい、それを誇示するかのように社員を増やし建物を大きく立派にしていくというのが世の常だが、SFIはそういう「膨張志向」を意識的に排除している。建物が大きくなったり所員数が増えたりすると、研究者相互のコミュニケーションがとれなくなるからだ。SFIにきたらすべての研究者が分野の肩書きを捨て必ず他の研究者全員と話しをする-------これがSFIの基本なのだ。

 書きたいことはほかにもいろいろあるが、長くなるのでとりあえずここまでにする。船出したばかりのわれわれESIは、これからいろいろ世の中にアピールし貢献していかねばならないが、SFIの戦略にはいろいろ学ぶことがあるのではないかと思う。みなさんとじっくり検討してみたい。

ESI副理事長 田中三彦