コラム
 
  このコラムは、ESIの七人の理事たちが順に担当、それぞれに関心事や話題を提供します。
各理事のプロフィールは「Whatユs ESI?」をご覧ください。

最新号

Column Back Number
1.NPO「サンタフェ研究所」の活動戦略 田中三彦
2.「共生社会への扉」 伊藤英紀
3.「中医学と薬草」 小祝慶子
4.「わらじを百足つくりました」 赤羽金雄

 

「共生社会への扉」

ESI 役員 伊藤 英紀

 あの「スモール・イズ・ビューティフル」を書いた経済学者E・F・シューマッハにちなんで設立された、イギリスの小さな大学院に留学していた時、“目から鱗が落ちる”と言うのはこのことかと心底実感した本がありました。それは量 子力学の巨匠デビッド・ボームが彼の晩年に書いたものでした。その中でボームは、これからの社会の展望を語る中で、人間同士が行なう「対話=ダイアローグ」の重要性を強調しています。これは彼が晩年に最も力を入れた活動の一つです。ダイアローグのダイアは「通 じる」と言う意味を持ち、ローグは「ロゴスまたは真理」を意味します。つまり、お互いが公平な立場にたち、情報をみんなで共有し、相互の意見に耳を傾けて対話を進めるならば、独り善がりや先入観が排除されるばかりでなく、一人では到達し難い、よりふさわしい結論に至る事ができるということです。ボームはまた「対話=ダイアローグ」は、私達の社会があらゆる過ちを避けるための、最も優れた免疫機能としての役割を果 たすであろうと述べています。

 お互いの間で何かを決めなければならない場合には、まず相手の意見をしっかり受け入れる事からスタートします。自分の意見もきちんと主張するものの、相手の意見も自分の意見と同等に尊重しながら、お互いの合意点を探って行く事がそのプロセスとなります。お互いが相互の意見を十分に尊重するならば、必ず合意に達します。しかも「対立」するよりずっと簡単に合意にいたる事も可能です。

 「共生」とは、「お互いが存在する事によってお互いが生かされている」ことを深く認識し、「自分の存在をしっかり表現しながらも、他の存在も自分の存在と同等に尊重し、共に全体への調和をとりながら生きていく」ことだと思っています。その意味において、この対話による合意形成は、人間社会はもちろん、人間と自然界における「共生」においても、最も基本となることと考えられます。

 私達が共生社会をめざすならば、社会の構造もおのずと変わって行くことになります。対話による合意を重視するためには、大きな集団では不可能です。よりふさわしい小さなサイズの集団にならなければなりません。また、自分達の活動が他の人々や自然界に及ぼす影響に対して、しっかりと責任を負う必要があります。そのためには、私達の生活の主要な部分を、できるだけ自分の見える範囲で生産し、消費することが要となってきます。社会のシステムも自己管理し、自己メインテナンスします。金融も自分達でまかないます。教育もそうです。つまり、自分達の、自分達による、自分達のための、自分達で納得し責任を負える社会を形成して行く事が大事になってきます。そして、それは意外と小さな地域レベルでの活動となるでしょう。 これは昔の田舎にあったような閉鎖的なコミュニティーのことではありません。また、どこかに理想郷を作ることでもありません。これからの共生社会への第一歩は、お互いの自由な意思を尊重しながら、今住んでいる地域のコミュニティーを、相互の信頼と協調関係をベースに、より自立的なものに再構築していくことと考えられます。

 それならば、一体何が具体的に変わってくるのでしょうか。例えば、協調が基本の共生のコミュニティーでは、生産者と消費者、経営者と従業員、店員とお客といった相い対する関係よりも、それらが相互に融合した形が生まれてくるはずです。その方が必要とされるニーズに合った、質の高い財やサービスを安定して供給できるからです。また、個人が全てに所有権を主張することよりも、無駄 をすることなく共有できるものは皆で持つというスタイルが多くなってくるでしょう。エネルギー資源の利用についても、それは地域で共同で自給自足することが多くなってくるはずです。このことは、必要なものを必要なだけ消費するといった、新しいライフスタイルをも生み出します。また、長い年月のあいだに築きあげられた伝統的な地域の文化も、貴重な知恵の宝庫として見なおされてきます。財やサービスの交換も自分達で管理する交換システムの中で行なわれる様になります。子供の教育も、大規模な画一的なものから、地域の文化と個人の特質、精神的・身体的な発達に合わせた教育を可能とする、地域に支えられた小規模な学校が増えてきます。協調を主体にした共生のコミュニティーは、私達の社会に豊かな多様性を育み、愛に満ちた生活の場を提供してくれるはずです。地域のひとりひとりは、そのコミュニティーの中に自分の場所を見つけて、コミュニティーを支える大切な役割を担って行きます。そして、その自分の場所と役割は、周囲が移り変わっていくのと同じペースで、常に全体に調和しながら自らも変わって行きます。

 まさに自然界の原理と共通したしくみがここにあります。これこそ本当のエコロジカル社会と言ってもよいでしょう。ひとりひとりの愛に満ちた小さな活動が集まれば、それがコミュニティーの「質」を高めていきます。コミュニティーの「質」が高まるとそれがまたひとりひとりの精神的、市民的意識を変えていきます。ここには、全体への調和を大事にする個人とコミュニティーとの相互のフィードバックがあり、それが全体を共に進化させていきます。これは、私達の母なる地球“ガイア”が、32億年の歳月をかけて現在の地球を創りあげてきた共進化の原理と全く同じです。

 実はこれらはもう絵空事ではありません。世界中の各地で、日本の各地で、すでに様々な形で実践が始まっています。消費者と農家が共同で経営する無農薬有機の農業法人、コミュニティーで作る信用組合、地域での財やサービスの交換システム、地域単位 のエネルギー供給システム、車などの共同所有、地域全員の合意を前提とする地方、地域で建てて地域で運営する小学校、などの様々な取り組みが、世界中で同時多発的に起こっています。そこでは実際に新しい人間関係や、人々と自然界との関係が生まれ、それがコミュニティー自体を変えつつあります。これらは、まさに地球規模での変容を実感させる出来事です。シューマッハやボームをはじめ、多くの偉大な先人達が描いていてきた夢が、いま現実に動き出しているのです。

《参考文献》
E.F.シューマッハ  「スモールイズビューティフル」、「スモールイズビューティフル再論」
D.ボーム、D.ピート  「Science, Order and Creativity」
H.マチュラナ、F.ヴァレーラ 「The Tree of Knowledge」
J.ラブロック  「ガイアの時代」
R.ドゥースウェイト 「Short Circuit」