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そうはいっても「今」が不満だらけで、本当はあれがやりたいの
にと思い続けるのは不健康。

本当はあれがやりたいのに、と思ってもやらないのはどうして
か。自信がないんですね。自分を否定されたくない。
ずっと可能性のなかで生きていたい。

たとえば、告白(またか・・・)。
告白してふられたらどうしよう?
だったら、今のままのほうがいい。
ふわふわと優しい今の状態をキープしたい。

でも、そのままにしておくと次の恋がやってこない。
もっといい男が現れるかもしれないんだよ?
それが「やって後悔するほうがいい」の本質だ。

だめなことをダメと見極めることで、次のチャンスがやってく
る。人生はそうやってシャッフルするといいのかも。

 

 

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何もしないで後悔するよりも、やって後悔するほうがいい、って
よく言う。
どうなんだろう。
たとえば、告白。
ふられて、互いに気まずくなるのと、ずっと友達同士でいるのと
どっちがいい?
たとえば、不倫。
そこで得がたい満足(精神的でも肉体的でも)を得られれば、
やった後悔のほうがいいと思えるだろうけれども、
家族を失い、信用を失い、場合によっては家や仕事をうしなった
りした場合はどうなんでしょう。
我慢の美ってのもあるだろうなあ。

わたしは、たぶんここのどこかのページに、死ぬ時は、
もっといろいろやりたかった〜!と言いながら死んでいきたい、
と書いた記憶がある。

そう思っていたのは、たぶん誰も彼もが
自分の人生に、そして周囲の人たちに、感謝しながら死んで
いきたいと言い始めたことへの反発もあった気がする。
そんな奇麗事の世界なのかな?って。

一方で、やり残したことがある状態のほうが、私は好きなのかも
と思ったりもする。
たとえば、好きな作家の小説はすべて読み切りたくない。
カポーティもサガンも太宰も、もう新作とは出会えないのだと
思うと、一作くらいは読んでないものをとっておく・・・こと
を無意識にやってしまう。

すでに、熟女の域に入ってきて(泣)、残り時間を意識するよ
うになってきた。
ついこの間までは、大きくなったら何になろう?と考えていた
のにね。
残り時間。何がやりたいかな。何をやり残しているかな。

いろいろ考えたんだけど、わたしはきっとやり残しを作ると思
う。何かをどれくらいやっても、ああもっとやりたかった〜っ
て。そういう渇望感が好きなんだもん。
もっと食べたい〜。また今度ね。
もっと読みたい〜。また今度ね。
もっと一緒にいたい〜。また今度ね。

やり残しはいつだってある。
だけどそれを恐れないで、
今、何がやりたいの?
次、何がやりたいの?って
いつもいつも考えていたい。

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