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ダービー 壺 (1756-60年頃)
A Derby Vase C.1756-60

 

 ダービーの壺。丸い胴体の上に大きめの花が貼り付けられた首が伸び、ドーム状の蓋にも同様に花が配されている。首と蓋には小さな穴がいくつも開けられており、用途はポプリ入れだと思われる。本体は比較的シンプルな形状であるが、1770年代以降に主流となる新古典調の壺とは異なり、それ以前のロココ調の作品と親和性のある形である(ダービー(D1-26)及びダービー(D1-27)を参照)。裏面には小さめではあるがパッチマーク(丸い焼痕)があり、傾きを調整するために接地部分を引き切ったあとも見られる(どちらもダービー作品に見られる特徴である)。

 エナメル絵付けに関しては、片方の面には鳥(孔雀、雄鶏、雌鶏)のいる田園風景が、もう片方には花のブーケが描かれている。本品は、裏面のスティッカーにあるように、2008年にStockspring Antiquesにおいて開催された"The Early James Giles and his Contemporary London Decorators"という展覧会に出品されており、Stephen Hanscombeによる同展覧会カタログの鳥絵のセクションに掲載されている(作品番号109)。

 同カタログに掲載されている他の鳥絵作品は、ほとんど全てがいわゆる「エキゾティック・バード(あるいはファンシー・バード)」と呼ばれるカラフルな想像上の鳥である。中国製磁器とウースター製磁器の両方にジャイルズが同様の絵付けをした作品が比較掲載されているのである。しかし最後に、それとは異なる種類の鳥絵の作品として、ヴォクソール(コラム14を参照。)とダービーの作品が1点ずつ掲載されている。ダービー作品は本品(製造年代はc.1758-60とされている。)であり、ヴォクソール作品(c.1753-54)はロココ調の壺(ヴォクソールに特徴的な形状)であるが、両者に描かれている鳥絵が極めて類似しており「ほぼ確実に同一人物によるもの」とされている(実際そのように見える)。この異質な鳥絵がジャイルズによる絵付けなのかどうかは明示的には示されていないのだが、本ダービー作品の反対側に描かれた花絵がジャイルズによる花絵(タイプAとBがある)に似ているとした上で、ただし同一絵付師によるものではないだろうと記述されている。

 ヴォクソールとダービーに共通するこの鳥絵については、上記展覧会より前にSimon Speroが英国陶磁器学会(ECC)の2003年の論文で発表している。そこでは、ヴォクソール初期(1752-54年)のこの鳥絵が、同時期のダービーの鳥絵と「興味深い類似性を示しており、それが全くの偶然だとは信じがたい」とされている。その上で、初期ヴォクソールの多色彩絵付けの多くは外部絵付けであっただろうとしている(ジャイルズを名指ししてはいない)。ただし、ここで気になるのは、Speroはヴォクソールとダービーの鳥絵は同時期のものだとしている点である。1750年代前半のダービーは、Andrew Planche経営下のいわゆる「ドライエッジ期」であり、ダービーのロココ的壺の製造時期としては、少し早すぎるのではないかと思う(ただし、ダービーのドライエッジ期のフィギュアがジャイルズによって彩色されたとされる作例は、上述のHanscombeによるカタログに掲載されている(作品番号82-85))。

 ヴォクソールに関しては、2007年にECCが"Ceramics of Vauxhall"という展示会を開催しており、そのカタログでも同じ鳥絵の作品が扱われている。そこでの解説もSimon Speroが共同執筆者として担当しているが、ダービーとの共通性には触れられておらず、代わりにプリマスのソースボート(c.1768)の鳥絵との共通性について言及されている。(そのプリマス作品の写真は、さらに別のECC論文(下記Roger Masseyの論文)に掲載さているのだが、見た限り同一人物による絵付けとまでは言い切れないように思う。)

 以上は、ヴォクソール作品との共通性に端を発した外部絵付け論であったが、それ以前には、この田園風景の鳥絵はダービーの自社絵付けだとの議論が積み重ねられてきた。Dennis Riceは、ダービーでは鳥絵を担当した主たる絵付師が1〜2人いて、その他に本品のような田園風景の鳥絵を描いた従たる絵付師が1人いたが、それはいわゆる'Cotton-stem painter'であると論じている。(Cotton-stem painterの作例については、ダービー(D1-1)(D1-2)(D1-4)(D1-9)(D1-10)(D1-11)を参照。)

 一方、Tony Wellsは、ダービーで鳥絵を担当した絵付師はやはり3人程度であろうとしつつも、本品のような田園風景の鳥絵を描いたのはCotton-stem painterではなく、別の絵付師であるとしている。その絵付師は、風景や人物に加えて花も描いたが、やはりCotton-stem painterの花とは異なるとしている。なお、その絵付師は1760年頃に短期間ダービーに滞在したのだろうと論じている。

 長々と書いてきたが、実際には本品の絵付けがダービー自社内で行われたのか、ジャイルズ工房あるいは他のロンドンの絵付工房で行われたのか、はっきりしたことは言えないように思う。鳥絵については、1750年代前半にヴォクソールにいた絵付師が、その後ダービーに移ってきたのかもしれないし、やはりロンドンのどこかで絵付けされたものかもしれない。裏側の花絵については、確かにダービーの絵付けとしては珍しい筆致かもしれない。ロイヤル・クラウン・ダービー美術館に、本品と同じ形状で類似の花絵が描かれた作品があり、下記Barrett & Thorpeの本に写真が掲載されている(下記Gilhespyの本にも(出典は書かれていないが)恐らく同一作品のカラー写真が載っている。)のだが、残念ながら裏側にどのような絵が描かれているのかは不明である。なお、ダービーとジャイルズとの間にビジネス関係があったことは記録に残っているが、それは1770年代のことで、1750年代、60年代における関係については文献は残っておらず不詳である。

*類似絵付けのダービー(D1-24)を参照。


高さ(Height):22.5cm

マーク:裏面に小さなパッチマーク
Marks:Small patch marks at the bottom

参照文献/References:
- Stephen Hanscombe "The Early James Giles and his Contemporary London Decorators" p.91 and Items 108-109. Items 82-85 ('Dry-edge' figures)
- Simon Spero "Vauxhall Porcelain - A Tentative Chronology" ECC Transactions Vol.18 Pt.2 (2003)
- ECC "Ceramics of Vauxhall 18th century Pottery and Porcelain" Cat.25
- Roger Massey "Nicholas Crisp at Bovey Tracey" ECC Transactions Vol.18 Pt.1 (2002) fig.2 (p.103)
- Dennis G. Rice "Derby Porcelain The Golden Years 1750-1770" Colour Plate F, Plates 108(b) & 134 and pp.56, 59, 66-67 & 204
- Tony Wells "Early Derby Painters" Derby Porcelain International Society Newsletter No.44
‐ Franklin A. Barrett & Arthur L. Thorpe "Derby Porcelain" Plate 28 and p.15
- F. Brayshaw Gilhespy "Derby Porcelain" Colour Plate VI
- V&A美術館サイト:
 http://collections.vam.ac.uk/item/O165727/vase-william-duesbury-co/#


(2020年5月掲載、更新)