午後3時30分の熱燗



えー、僕は日本蕎麦が大好きです。というわけで、僕の好きな東京のお蕎麦やさんについて、あれこれ書いてみますね。
考えてみると、手打ち蕎麦なんか昔は食べたことがなかった。乾麺しか記憶にない。でも、味は記憶にない。蕎麦が旨いものだなんて思っても見なかった。そういう生活をしていて、1982年に「東京味のグランプリ200」山本益博を買った。もちろん目的はラーメンだった。まだブームに火がつく前だったから、荻窪とかいろいろ行った。で、ひととおりラーメンが終わって、別のページもちらちら見る。と、寿司と鰻と天ぷらと洋食と蕎麦がある。蕎麦以外は高くて手が出ない。それに、そういう店に行く勇気もなかった。でも「蕎麦屋なら」という気持ちになった。当時は練馬に住んでいた。これはラッキーだったかも知れない。自転車で椎名町まで行って「翁」でもり蕎麦を食べた。「ふーん。こういう味かあ」という程度で、感動とかは別になかったのだ。客もまだ少なくて、塩豆を肴にキリンビールを飲んだ。感動は、変わり蕎麦で出くわした。更科そばに柚子やシソを切り込んだ蕎麦には目からウロコだったですね。次第に、練馬の田中屋とか池袋のここのつ、荻窪の本むら庵、目黒の一茶庵、神田まつやなんかに出かけるようになった。通っていくうちに、蕎麦の美味しさが舌になじんでくるようになってしまった。これは、逆の表現を使うと、普通の蕎麦屋では蕎麦が食べられなくなった、というのに等しい。そんな風にして、後天的に蕎麦の味を知っていった。「昔は貧乏人の食い物」といって、たかが蕎麦に、という意見の人もいるでしょう。もちろん、やな店もあります。エラソーに数十グラムの蕎麦を金語楼の頭の毛みたいにせいろに並べて千円以上の金をとっていたり、豪華な装飾の店づくりだったり。そういうところには、行かない。たとえ美味しくても、ぼくは嫌いだ。酒が飲めればどんな蕎麦屋でもいい・・・とかいいつつ、やっぱり旨い蕎麦じゃないと・・・などといったりして。何をいいたいんでしょうね、私は。三度三度のご飯として食べるのでなく、午後に小腹が空いたときとか、お酒を飲んだ後だとかに、もりかせいろを一枚食べる。この、なんともいえない充足感。いいですよ。でも、まだ自分で蕎麦を打って・・・というまでにはならないし、まだなりたくない。何か、ハマリそうだし。



というわけで



手打ち蕎麦より、あなたの側がいいってか?

なんていうところが、よく行く(行った)お蕎麦やさんだったりします。

一度行って行かなくなったお店は・・・

といっても、必ずしも不味かったからではありません。





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