小島姫第5話

「それでは留守番をお願いします。」 兄弟の代表である高岩が、玄関を出る時に小島姫に言いました。 「まかせておいてよ!あたしの手にかかればこの家もピッカピカで、洗濯物もきれいにな って、そのうえおいしいごはんもできてるって寸法よ!期待しちゃっててよバカヤロ ー!」 姫が安易にもそんな大口を叩きます。 「じゃあ、僕たちは仕事に行きますから、家のことはよろしくお願いします。」 餅つき兄弟達は、高岩の後に続いてぞろぞろと無言で出て行きます。 小島姫は、高岩以外に相手にされてないことで、内心傷ついていたのですが、とにかく自 分は居候の身なんだということを考えつつ、とりあえず家の中を見て回ることにしました。 餅つき兄弟のお家は、まず入って左手の6畳の空き部屋、20畳くらいの居間、で、居間 の奥に4畳半くらいの台所、台所の隅に階段下を使っているらしい収納スペースがありま す。廊下に出て階段を上ると、いきなり大きな部屋に出ます。そこはやっぱり20畳くら いの部屋で、真ん中に放射線状に7つのベッドが置かれています。壁には競馬や和久井映 見、遠藤久美子や江角マキコなどのポスターがべたべたと貼ってあります。 小島姫は、餅つき兄弟にはプライバシーってものが無いんだろうかと疑問に思いながらも、 とりあえず階下に戻りました。 例の短い廊下の右手のドアを開けると、比較的広い、4畳半くらいの洗面所があって、入 って右手にトイレ、左手に3人くらいは同時に入れそうな大き目のお風呂がありました。 餅つき兄弟の家は、こじんまりとしていながら、なかなかに機能的な家のようです。 「あ〜それにしても、けっこう片付いてる家よね。あたしやること無いじゃないの。」 と呟いて、洗面所の洗濯籠の中身をチェックします。 籠の中に入っているものといったら、黒いパンツに黒い膝当てしかありません。姫はふと 思い付いて、洗面所の作り付けの棚を開けてみました。するとやはり、タオルといっしょ に黒いパンツと黒い膝あてが大量に入っています。 「ああ、なんだか変わった人たちよねぇ・・・。中西もちょっと変わってるけど、それとも 違うし、なんなのかしら。一番驚きなのは、高岩以外あたしに冷淡って事なのよねえ。あ たしの笑顔ってイけてないのかしら。おっかしいわねえ。毎日鏡に向かって笑顔作りに励 んでるっていうのに。・・・そういえば今日はまだやってなかったわね。」 姫は呟きながら、洗面所の鏡に向かって念入りに笑顔作りを始めます。 自分の完璧な笑顔を確認すると、姫は満足して一休みすることにしました。 とりあえず、台所の棚からチップスターのチキンコンソメ味を取り出して、テレビを付け ます。そしてビデオの棚をチェックします。 目的はもちろんマル禁ビデオです。 棚のビデオには几帳面にラベルが貼ってありますが、どれもこれも汚い字です。小島姫は、 読めないじゃないのこれ、とか呟きつつ、丹念に物色しますが、入っているビデオといっ たらアニメと月9ドラマばかりです。 「ちょっとこの棚なんなのかしら!?いい年した男の持ってるビデオとは思えないわよ ね!」 姫は憤りながら、テープを放り出します。 しょうがないので、姫は棚から女性週刊誌を取り出して、昼のワイドショーを見始めまし た。ちゃぶ台と床にチップスターのカケラを撒き散らしながら、女性週刊誌を積み上げて いきます。 そのうち姫は眠くなってしまい、昼寝をすることにしました。 「さすがにあたしも徹夜は辛いし、布団を敷くのも面倒だわねえ。誰かのベッドでちょっ とだけ眠らせてもらおうかしら。」 そう呟くと、2階へ上がっていきます。 兄弟達の放射線状に並んだベッドの中から、適当なのを選んで、姫はもぐりこみました。 もちろん、積み上げた女性週刊誌や、つけっぱなしのテレビ、チップスターの空き箱、散 らばったチップスターのカケラなどもそのままです。 しかしそんな事も気にせず、小島姫はあっという間に眠り込んでしまいました。 日が暮れて、西の空が赤く染まってきても、小島姫はいっこうに目覚める様子がありませ ん。徹夜で森をさまよって、さすがの小島姫のスタミナも尽きてしまっていたのでしょう。 すっかり日も沈んで、餅つき兄弟が仕事を終えて帰ってきました。 「帰ってすぐご飯が食べられるっていうのはいいよね。」 高岩が、兄弟達に話し掛けます。 「僕もおなかがすいたなぁ。そういえば、小島姫は何を作ってくれてるんだろうねぇ」 ドラえもんも言います。 「楽しみだな。どれだけの料理が作れるのか、さ。」 タツヒトが言うと、コウとリュウが無言でうなずきます。 「帰った時に、家の灯りがついてると、すぐに競馬新聞が読めるからなんだかいいよね。」 ニラがニコニコしながら言いますが、名無しは無表情なまま、 「・・・期待しないほうがいいな。あんなマダラの髪の女じゃ、ろくな家事ができるもんか。 大口叩くのは得意そうだけどな・・・。」 名無しの言葉で、兄弟達はなんだか言葉を失ってしまいました。 しばらくして、兄弟達は家に到着しました。 あたりはすっかり暗くなっていて、星と月明かりだけが足元を照らしています。 兄弟達の家は、まるで誰もいないかのように暗いままです。 「・・・ほら。」 名無しが無表情に言います。 「ど、どうしたんだろうなあ小島姫。」 高岩が顔を引きつらせながら言います。 「・・・おおかた昼寝したまま起きられなくなったんだろうさ。多分部屋も散らかしてるん だろうなあ・・・」 名無しがニタニタした笑みを浮かべながら言いました。 兄弟達が、家の中に入ってみると、人の気配がありません。 「小島姫は一体どうしてしまったんだろうなあ。」 高岩はそう言いながら、玄関の灯りをつけました。 家に入ると、どうやらテレビの音だけが聞こえてきます。 「よかった。小島姫が悪い魔女に連れ去られたのかと思った。」 高岩が言いながら居間の灯りを点けます。 テレビはつけっぱなし、ちゃぶ台の周りは女性週刊誌が積み上げられ、そしてビデオの棚 の前は、ケースから中身が引き出されてるビデオテープが散乱しています。 「あ、僕のおかしの匂いがする。誰か食べたなぁ!」 ドラえもんがそう言いながら居間へ駆けてきます。 ちゃぶ台の周りのチップスターの空き箱と、ちゃぶ台や床の上にこぼれているチップスタ ー(チキンコンソメ)のカケラを見て、ドラえもんはわなわなと肩を震わせています。 『肝心の姫がいないぞ。』 タツヒトとコウとリュウが同時に言います。 どうやらこの3人はよっぽど気が合っているようです。 ニラは、わき目も振らずに帰りに買ってきた競馬新聞を読みふけっています。耳にさした 赤鉛筆はどうにかならないものなのでしょうか。 「死ねこじまぁ〜〜〜!!」 2階からものすごい叫び声が聞こえてきました。 どうやら名無しが、小島姫に必殺のヒザをめり込ませたようです。 ドラえもんが、怒りに顔を引き攣らせながら真っ先に階段を駆け上がります。その後を心 配そうな高岩、楽しそうなタツヒト、コウ、リュウが続きます。そして、競馬の予想を邪 魔されたニラが、苦々しい表情を浮かべながら、上っていきました。 餅つき兄弟たちが全員そろった寝室では、小島姫が名無しにベッドの上で担ぎ上げられて いました。 名無しはどうやら、小島姫をベッドから床にデスバレーボムで叩き付けようとしています。 しかし、小島姫はまだ寝ぼけているようで、みずからに起こりつつある人生最大の危機に 気づいてないようです。 「ん、んん〜?何?ここ、どこ?」 つぶやく小島姫に、名無しの痛烈なデスバレーボム(ベッドの高低差利用)が炸裂しまし た。 「俺のベッドで昼寝とは、なかなか肝の据わったお姫様だな。しかし、俺は女相手でも容 赦しない。おまえが遠藤久美子でもない限りな。」 名無しがつぶやくのをよそに、床の上に大の字になって、うめき声をあげる小島姫をドラ えもんが担ぎ上げます。 「よぉくぅもぉ僕のお菓子をぉ〜!」 そう叫びながら、小島姫を窓から地面に投げ落とします。 青ざめてことの様子を見守るしかない高岩、無責任に見物している3人組。 窓の外で、ズズーンという落下音がします。 120キロ近くある巨体に見合うだけのすさまじい音と衝撃が、餅つき兄弟の小さな家を 揺るがしました。 狂気と化したドラえもんは、それでも攻撃の手をゆるめたりはしません。 すっかりグロッキー状態で立ち上がれない小島姫に、窓から飛び出して襲い掛かります。 「よぉくぅもぉぉ〜!!死ねぇぇぇぇ!!!」 2階からのニードロップ。ドラえもんの、必殺の気合いを込めた1撃が、小島姫のどてっ ぱらに見事に食い込みました。 「ぐぇっ!」 小島姫の断末魔があがります。 「ああ、小島姫ぇ〜!」 高岩がうろたえながら、階段を駆け降りて小島姫を救出にいきます。 普通手遅れでしょうが。 急いでいるにもかかわらず、室内履きを外履きに履き替える高岩。 その後ろを、仲良し3人組が駆け抜けていきます。 無邪気に小島姫にストンピングをし続ける3人。 高岩が助けにいったときにはすでに、虫の息でした。 ニラは、窓からその様子を見ていましたが、興味を無くしてしまった様子でまた、競馬の 予想を始めます。 名無しは口元にニヤニヤと笑いを浮かべながら、窓から観察を続けています。 「こら!お前たち、小島姫が死んでしまったらどうするんだ!これが公になったら、せっ かくの餅つきの仕事からホサれてしまうぞ!」 高岩が、見境の無い兄弟たちを叱りつけます。でも、ちょっと叱る論点がずれています。 「小島姫!小島姫、大丈夫ですか!?」 高岩は、小島姫を何とか復活させようと必死です。 「どうしよう、このまま意識が戻らなかったら・・・いかん!まだ息のあるうちに森に放置 してこようか?それなら森の動物たちが勝手に死体を始末してくれるだろうし。だいたい 僕はどうしてこんな厄介な姫ぎみを家に置いたりしたんだろう。たしかに女性には優しく しなきゃいけないけどこれは女性っていうかなんだか違う生き物じゃないか!僕のバカバ カ!」 高岩が自問自答を繰り返しながら、小島姫の意識を取り戻させようと、ほっぺたをペチペ チ叩きます。 「う・・・う〜ん・・・・」 小島姫がやっと目を開けました。 「やだ、あたしったらもう夜?やだ、すっかり寝ちゃったわ。高岩、起こしてくれたの? っていうか、あたしどうしてこんな地べたで寝てるのかしら?もう、おなかぺこぺこだわ。 夕飯の支度をしなくっちゃね。あたしの料理の腕前をみんなに披露しちゃうんだからねバ カヤロー!あいたたたっ、なんでこんなに体中が痛いのかしら?」 小島姫が、驚いたことに「よいしょ」と言いながら立ち上がります。 無抵抗の姫ぎみ一人に大の男実質5人掛かりで暴力を振るっていたというのに、さすがは 小島姫。 「こ、小島姫、夕飯の支度は僕がやっておきますから、お風呂にでも入ってゆっくり、や、 休んでください。まだ森をさまよってた疲れが取れてないから、体も、い、痛いんですよ。」 高岩が、顔をひきつらせながら、幾分しどろもどろに言いました。どうやら、今の壮絶な リンチを高岩は「起こらなかったこと」とすることに決めたようです。 「あ、ああ。悪いわねえ。あたしったらつい寝ちゃって。それにしてもおっかしいわね え。たしかあたし2階のベッドで寝てたはずなのに、何で庭にいるのかしら?あたしよっ ぽど寝相が悪かったのかしら?」 小島姫が言うと、高岩を筆頭に、ニラと名無しを抜かした全員がコクリとうなずきます。 ドラえもんも、どうやらお菓子の恨みも好きなだけ暴れておさまったようだし、すべてが 丸くおさまりました。

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小島姫本編         
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