「目障りな小島姫もやっと私の手で息の根を止めてあげたし、これで私の人気を脅かす存

在はなくなったわけよね。」

お妃様は晴れ晴れとした表情で自慢の輝く金髪をくしけずります。

「それにしてもバカな子ね。いくら私が行商人の変装をしていたところで、継母よ。一緒

に暮らしていた継母の顔すらわからないっていうのはまあ、本物のアレって事じゃないか

しらね。しかし、そのバカなアレに魅了されてしまっていた領民達っていうのも相当なも

んよね。ああ、ヤだヤだ。バカって本当に始末におえないわ。」

お妃様がそう言いながら、櫛を化粧台にコトリと置くと同時に、部屋の隅に漆黒の闇がわ

だかまり、あっという間に人の形を取ります。

お妃様は振り返ると

「おや、公爵殿。姫ならちゃんとこの手で絞め殺しましたわ。あんなに簡単に引っかかる

とはねぇ。単純すぎますわ。なんでこんなに簡単なことを今までしてなかったのか…本当

にありがとう。」

そう言って、あでやかな微笑を口元に上らせます。

「お妃様、お言葉ですが姫はまだ死んでませんぞ。ツメが甘いですな。姫は息を吹き返し

て今ごろ部屋で笑顔作りでもしているでしょうよ。」

そう言うと、小さく肩を竦めます。

「何ですって!?たしかにあの時息が止まるまで…いや、息が止まってもしばらくの間ひ

もを締め続けてたっていうのにっ!そんなバカなことって!?」

そういうと、お妃様は化粧台の魔法の鏡に小島姫を映し出させます。

映し出される小島姫の笑顔。

まだらの髪に、黒と黄色のひもがよく似合っています。

「そ、そんな…鏡よっ!」

お妃様が叫ぶと、鏡は時間を溯って、小島姫が絞殺された瞬間を映し出します。

首を絞められて泡を吹き、遂には息絶えてしまう小島姫。

「ほら。ちゃんと死んでるじゃないの!これはどう見ても死んでるはずよっ!これでも生

き返るっていうんなら、あの子の体ってどうなってるのよっ!?」

お妃様は半ば狂乱状態で、時間を早回しにして小島姫蘇生の瞬間を探します。

「夕方ごろ、餅つき兄弟が帰ってきた頃のことですな。蘇生の瞬間は。」

公爵がお妃様の耳元に囁きます。

「ほら、ご覧なさい―――

鏡には、名無しに喉元に埋もれたひもを外されて、何事も無かったように蘇生する小島姫

を映し出します。

「うわっこりゃひでえや!コイツ人間かよ。首締められりゃあ普通死ぬぜ。っていうか、

マンガかよコレ。絶対マンガだってマジ。天然ギャグマンガっていうの?最悪。」

いつのまにか現れた武藤伯爵が、お妃様の大きな頭越しに鏡を覗きこみながら、実も蓋も

無い感想を漏らします。





「――――――――で、このまま黙っておられるつもりですかな、お妃様?」

蝶野公爵が、まるで暗示にかけるような猫なで声でお妃様の耳元で囁きます。

鏡に映るお妃様の大きなお顔と蝶野公爵のサングラス。そして何事も無かったように笑顔

作りに励む小島姫。お妃様の眉間には深々と縦じわが刻まれ、今にも鏡を打ち壊しそうに

なるのを必死になって押さえていたのかを示すような、縦じわの数よりも多くの爪楊枝が

額にそそり立っています。

「殺すわよ。もちろん。ちゃんと死ぬまで殺すわ。」

ちょっとわけのわからなさそうな、しかし小島姫相手となるとやたらと実感のこもった呟

きがお妃様の口からもれました。

「そうですか。決意は固いようですな。いいでしょう。あなたの進むべき道はすでに用意

されています。ムトちゃん!」

蝶野公爵はそう叫びつつ漆黒のトーガの裾をパッと広げると、武藤伯爵が黒いズボンの後

ろから、黒と黄色のまだらになった櫛を取り出しました。琥珀を削り出した、相当に高価

な逸品です。しかしそれよりも、武藤伯爵のはいているズボンにはポケットが付いていま

せん。その櫛は一体どこから取り出したものなのでしょうか。

それはそれとして、武藤伯爵はまだらの櫛にキスをすると、緑の毒霧を吹き付けます。

必要以上に芝居がかった二人ですね。

「ほらよ、チョウちゃん。」

伯爵が無造作に抛った櫛を公爵は注意深くハンカチの上にキャッチすると、そのまま包み

込みます。

「お妃様、今度は失敗のなきように。期待しておりますぞ。」

「で、この櫛をどうしろというの?」

額の縦じわと爪楊枝をそのままに、公爵の方に向き直ったお妃様。

武藤伯爵が小さく「プッ」と吹き出しましたが、サングラスをして容易に表情を読み取ら

せない公爵は、無表情に言います。

「これは毒の櫛です。触っただけで全身に毒が回り、一瞬のうちに死に至ります。小島姫

も、この美しい琥珀の櫛で髪を飾れるとなれば理性を失うでしょう。小島姫の髪をこの櫛

が飾った瞬間――――――姫には死、あるのみです。ククク。」

公爵は唇の端にクールな笑みを浮かべてお妃様の顔を正面から見下ろします。ただし、サ

ングラスをかけているために視線がどこに据えられているのかはわかったものではありま

せんが。

「ヒヒヒッハハハハハッ……」

窒息寸前といった感じのくぐもった笑い声がベッドの方から小さく聞こえてきます。しか

し、武藤伯爵がベッドに顔を押し付けて肩を震わせているのにも気付かず、お妃様は大き

く吠えます。

「ぶち殺してやるぞ小島姫ぇー!オエッ!死ぬまで殺す!」

頭の悪い不良のような雄叫びが、夜中のお妃様の寝室に大きく響き渡るのでした。









シュタッシュタッシュタッ――――――――武藤伯爵が鮮やかに側転しながら、お城の長

い長い廊下の向こうに霞んで見えなくなるまで見送った後、公爵は廊下を足早に歩きます。

「―――公爵殿」

誰も起きているものもいないであろう静まり返った廊下で、公爵を後ろから呼び止める声。

公爵は足を止めてゆっくりと振り返りました。

「……これはこれは、カ・シン男爵殿。こんな夜更けにどうしました?」

心持ち顎を上げて、倣岸にカ・シン男爵を見下ろす公爵。動揺の微塵も感じられない態度

に、男爵は心の中で舌打ちをしつつ、マスクの下の眼差しは公爵のサングラス越しの視線

を捉えようと鋭さを増していきます。

「そちらこそ。先日私が忠告したことに耳を傾けてはもらえなかったようですな。」

男爵は、眼差しの鋭さとは裏腹な、穏やかな口調で言いました。

「はて、何の話でしたかな?――――そう、夜更かしは体に毒だと。しかし、私は根っか

らの夜型人間でね。夜にならないと動けないのですよ。そちらこそ、なれない夜遊びは控

えた方がいいのではないですか?そら、マスク越しからも目の下の隈が。無理は禁物です

な。ククク。ご自愛なさい。」

男爵は、つい反射的に目元に手をやります。

「では失礼。」

公爵は、そう言い残すと一瞬のうちに消え去るのでした。

消え去る間際に公爵の口元に浮かぶ笑みが、はめられたという屈辱に身を震わせるカ・シ

ン男爵の目に灼きつきました。

「クッ!まだオレじゃあ力不足なのかっ!アッ!?」

廊下の柱を力任せに殴り付ける男爵。

一瞬後、男爵は廊下を早足で歩み去るのでした。









「ようニシオ!お前まだ起きてんのか?ア?」

カ・シン男爵は、いつものクールな態度とは打って変わって、やたら明るい態度で中西の

猟師小屋へ無遠慮に入りこみます。勿論ノックなどしません。

「なんだよう、こんな夜中に。そろそろ寝ようと思ってたのに。」

ベッドに横になって、小島姫の元コレクションだったマル禁ビデオに没頭していた中西は、

うっとうしそうに男爵に視線を向けます。

「なんだ、ア?お前全然眠そうじゃないだろ。どうせ夜通しビデオを見てるつもりだった

んだろ。姫のコレクションは膨大だったからな。お前の殺風景な部屋も、ビデオコレクシ

ョンでますます味気ないものになってんじゃねえか。他にすることはないのか、エ?」

カ・シン男爵が中西を訪れたのは、どうやら憂さ晴らしのようです。

ベッドに横になってる中西を無遠慮にじろじろ見ると、さらに言いつのります。

「そういえばあのみっともない白パンはやめたのか、エ?ブリーフみたいだからヤバいだ

ろって思ってたんだがなぁ。どうせどこぞのブリーフ兄弟と比較されるからやめたんだろ、

ア?そんなことくらいで白パンやめるから、いつまでもこんなところでくすぶってるんだ

よ。わかるか、ア!?」

カ・シン男爵は、中西に人差し指を付きつけながら一気に言い放つと、枕元にあるリモコ

ンでテレビとビデオを消してしまいました。

「なんなんだよう、こんな夜中にいきなりやって来たと思ったら…だいたい黒パンに変え

たのは別にブリーフ兄弟と関係ないんだから…

と、中西がもごもごと言っているのをよそに、男爵は小屋の隅に積み上げられている、小

島姫の元コレクションを丹念に物色していきます。

「こんなくだらないものばかり見てるから、お前はダメなんだよ。まあ、お前がダメなの

は今に始まったことじゃないけどな。エ?」

そう言うと、男爵は傍らにあった木の椅子に乱暴に腰掛けて、高々と足を組みます。

「ところで、お前姫を森の中に置き去りにしたろ。ア?」

すると、中西は気弱そうに言います。

「な、なんで知ってるんだよう。誰にも見られてなかったはずなのに。」

「お前の稚拙なやり口は先刻お見通しなんだよ。どっちにしろあのブサイクなお妃様がな

にかやらかすってことは検討ついてたからな、エ?あの噴飯モノのやり取りも、ニシオ奇

行集のVol.7にちゃんと収録させてもらったから。」

中西は、ビクッと肩を震わせると、この場にいるのが気まずくなったのか、大きな体を小

さく竦めながら、台所へお茶を入れに行きます。

「ああ、あとなあ、あのお妃様に、小島姫が生きてることがちゃんとバレたからな、ア?」

台所から、ガシャーンという音と、中西のアチチッという声が聞こえてきます。

「な、なんでだよう。まさかバラしたのイッシーじゃないだろうなあ。」

中西がおぼつかない足取りで、大きなマグカップに緑茶を入れて戻ってきます。

男爵は、マグカップを受け取って、ベッドに腰掛ける中西を、顎を上げて見下しながら言

いました。

「イッシー言うな。男爵さまだ、ア?オレはチクっちゃいねえよ。そんなことするかよ。

チクったのは蝶野公爵だ。アイツ一体何を企んでんだ?オレを差し置いてンなことするな

んて、エ?」

そう言うと、男爵はお茶を一口すすります。

「とりあえずお前公爵の屋敷の門にブタの血でも塗り付けとけよ、ア?ムカつくから。じ

ゃ、さっさと寝とけよ。じゃあな。」

言いたいことを言ってスッキリした男爵は、マグカップを椅子の上に置くと、さっさと小

屋を出て行きました。

「―――――まったくなんなんだよ、イッシーのやつ。一体何しに来たんだ……」

中西がボヤきながらカップを片づけていると、

「イッシー言うなって言っただろ、ア?そろそろ永田が海の向こうから帰ってくるはずだ

から、そしたらまた遊びに来てやるよ、エ?」

そう言い残して、男爵は漆黒の闇に包まれた森の中へ消えていくのでした。

「なんだよう、永田が帰ってくるのかよう。まいったなぁ…」

中西はベッドの上で頭を抱えるのでした。




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小島姫本編         
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