小島姫第9話

「はあ……」

高岩はため息をひとつ吐くと、小島姫に問い掛けました。

「で、今度の犯人はどんな奴だったんですか?」

姫は悪びれる様子も無く答えます

「ええっとねえ、顔の大きな牛飼いのオバサン。」

「牛飼い?」

高岩は不思議そうに言います

「なんでこんな森の中に牛飼いが?」

小島姫はニコニコ答えました

「森の中にはたくさん草が生えてるじゃない。牛飼いがいてもおかしく無いと思うわ。

あたしはお城育ちだからよくわからないけどぉ。それにしても変わった牛飼いだった

わねえ。牛飼いのくせに牛を連れてないんですもの。あれは牛飼いっていうよりも自

分が牛って感じだったわ。だってすごい角をつけてるんですもの。おっかしい。」

そう言うと、姫は何の屈託も無くケラケラ笑い出すのでした。

「やれやれ。救いようが無いな。」

名無しは肩を竦めました。

「なあ高岩、やっぱコイツ足りないんじゃないのか?」

自分の頭を指差しながら実も蓋も無いことを言います。

「う〜ん、お城育ちとは言え、これはあまりにも無警戒過ぎるね。いくら不死身とは

いえ、さすがにこれはいくらなんでもねえ。」

高岩はあくまで能天気な小島姫を見やると、うつむいて首を左右に振るのでした。

「おい、この櫛に触ると体がしびれてきて楽しいぞ。」

「どれどれ」

「本当だ。一瞬気が遠くなって気持ちいいな」

仲良し3人組は、小島姫の体で毒が薄められた櫛を触っては、「うひゃあ」とか「う

おっ」とか言って遊んでいます。

「あいつらもよくあんな危険なものを遊び道具に使ってるよなあ。いくら兄弟とは言

え、なんだかなあ…」

名無しは肩を竦めて2階へ上っていくのでした。



その日、餅つき兄弟が帰ってきた時に、小島姫はまたもや玄関で泡を吹いて倒れてい

たのでした。もちろんすでに息絶えていました。

しかし、兄弟達は2回目のことなのでたいして心配もしていません。

「ありゃ、こんどは体が緑色に染まってるよ。」

「今度は助からないかなあ。」

「どうせまた何事も無かったように生き返るんだろ。心配することも無いや。」

「っていうかごはんどうするんだよ」

と口々に言って、高岩と名無しを残して家に入っていってしまったのです。



「で、また蘇生させてやらなきゃいけないんだろ、コレ?」

名無しが高岩に問い掛けます。

「そりゃそうだよ。姫もいまや一応家族の一員なんだからね。」

高岩はどうでも良さそうに答えるのでしたが、名無しは興味深げに小島姫の死体を検

分します。

「ふむ、これはどうやら毒物のようだな。コイツのことだから、きっとまた何か装飾

品につられたりしてたんじゃないのか。前回の例から言うと。」

そう呟くと、名無しは小島姫に触らないようにして子細に眺め回します。

「この琥珀の櫛じゃないのか、原因は?」

「どうだろう、でもこれに毒が入ってるんだとしたら迂闊に触れないね。」

「まあ、おそらく毒性は小島姫の体に吸収されてあまり残ってないだろうけどな。」

高岩と名無しは、高価そうな櫛を前にしゃがんで考え込みます。

と、名無しは何かがひらめいたように、突然立ち上がりました。

「おい!ニラ!ちょっと来いよ!」

玄関口から叫びます。

しばらくして、不服そうな顔をしたニラが、競馬新聞を片手に出てきました。

「なんだよ、オレの予想をジャマするなんて。」

「まあ、見てみろよこの琥珀の櫛を。売り払ったら結構な金になるぞ。お前競馬には

まったのはいいけど全然当たらなくて金が無いらしいじゃないか。コレ売り払ったら

好きなだけ競馬できるぞ。それどころかお前、この金で馬買えるかもしれないぞ、馬。

お前の夢だっただろ。まあオレ達はたいして金は必要ないからな。お前にやるよ。」

名無しは言葉巧みにニラの気持ちを煽ります。

「何!?馬!?ありがたくもらっておくよ。サンキュー!」

何の疑いも無く、小島姫のまだらの髪に飾られた琥珀の櫛をむんずと掴み取ったニラ

は、一瞬後に泡を吹いて倒れてしまいました。

「ほら、やっぱり櫛に毒が塗ってあっただろ。」

名無しが涼しい顔で高岩に言いました。

「しかし櫛が原因なのはわかったけど、ニラは生きてるのかな。泡吹いてるじゃない

か。ヤバいんじゃないのかなコレ。」

高岩は心配してるのかどうでもいいのかわからないような口調で言いました。どうや

ら高岩の中のある部分が、小島姫のおかげで麻痺してしまったか壊れてしまったよう

です。

「ああ、生きてる生きてる。ちゃんと胸が上下してるだろ。このバケモノ姫にあらか

た毒が吸収されてたようだからな。それより見てみろよ、コイツの体の色が緑から普

通の色に戻って来てるじゃないか。」

そう言って、名無しは姫を指差します。

名無しの言う通り、姫の緑色に染まってしまった体は、ニラが櫛を掴んだ時点でだん

だんと元の色に戻ってきます。

「おっと、コレをいつまでも握ってたらさすがに死んじまうかもしれないな。」

名無しはどこかから取り出したハンカチで、ニラの手に握られた櫛を包み込みます。

「おい名無し、ハンカチ持ってたんだったら、最初からソレで櫛を取れば良かったじ

ゃないか。」

高岩が名無しを形式的な様子で一応たしなめると、名無しは鼻で笑って言いました。

「最初からこうしてたら、コレが原因だったのかどうかがわからないだろ。」

ニヤリと笑って、名無しは足元で泡を吹いているニラを見下ろすのでした。まるでモ

ルモットを見るような目で。





「お妃様」

お城のほど近い森の中、男爵がお妃様を呼び止めます。

「おお、これは……カ・シン男爵ではありませんか。こんなところで行き会うとはま

た奇遇ですね。」

お妃様は、たった今小島姫の息の根を止めてきたというのに顔色一つ変えません。

「奇遇、ではありませんよ。お待ちしておりました。」

カ・シン男爵が慇懃に言いますが、お妃様は一向に慌てる様子がありません。

「……待っていた?どういうことです?」

「額面通りの意味ですよ。餅つき兄弟の家で何をなさっていたんですか?」

男爵はお妃様のほうが扱いやすいと踏んだようです。

「おや、何の話ですか男爵殿。私は森の中を散歩していただけ。そうでしょう、男爵

殿?」

そのように念を押すお妃様の目が、男爵の視界の中でどんどん大きくなっていきます。

「私は貴女を衛星で監視して……まして……ね。話…していただけま…せんか……」

そう口に出したところで、男爵の体が硬直してしまいました。

「おや、お加減が悪そうですね、男爵殿。」

お妃様は、頭の両脇に堂々とそそり立つツノのかげから、邪悪な笑みを浮かべて男爵

を見やります。

「ちょ、蝶野公爵たちは、い…一体……

男爵が必死にそこまで言葉を絞り出したとき、遠くからシュタッシュタッという音が

聞こえてきました。

どこからともなく側転しながら現われた武藤伯爵は、フェースクラッシャーで男爵の

頭を森の黒い土にめり込ませてしまいます。

「ようお妃さん。なんだか変なことになってるみたいじゃねえか。オレ達のことを嗅

ぎまわるなんて命知らずな奴だな。」

ヒゲ面でまるで山賊のように見える伯爵は、なぜか得意げに胸を反らせて、両手を左

右に軽く広げながら言いました。

「これは武藤伯爵殿。助けは無用でしたのに。」

お妃様は艶然と微笑みながら言いました。

「しかしこの者は何のために我々を嗅ぎまわってるんでしょうねぇ。」

「はん。ただの功名心に駆られた小者だろうなあ。これに懲りておとなしくしてるこ

った。せっかく爵位ももらったんだしよう、満足しとけ、つーの。そうそう、オレの

用意した毒の櫛、首尾はどうだったい?」

「ええ。今度こそ息が止まってましたわ。あんな緑色に染まってしまっては、今度こ

そ生き返れはしないでしょう。いくら小島姫でも。」

「そ〜かそうか!そりゃあよかった!じゃあオレはチョウちゃんにも知らせてきてや

るぜ。これでアンタの立場を脅かすのもいなくなったな。めでたいこった。じゃな

っ!」

武藤伯爵は言うだけ言って、再び側転しながら去っていきます。

お妃様は伯爵が消えていくのを見届けた後、カ・シン男爵の脇腹に蹴りを1発叩き込

んで、満足そうな笑みを浮かべながら消え去るのでした。







「あれ?イッシー?」

しとめた山鳥を肩に担いだ中西が、うつ伏せに倒れているカ・シン男爵を発見したの

は、空が茜色に染まりかけた時分のことでした。

「おい、イッシー!どうしたんだよ!こんな処で寝てたら風邪引くぞ!おい!」

中西が男爵の肩を乱暴にゆすりながら言うと、男爵はうめき声をあげながらゆっくり

と身を起こしました。

「イ、イッシー(ゲホッ)イッシー言うなって言っただろ、ア?」

途中でせき込みながら男爵は弱々しく言いました。

「なんだよ具合悪そうだなイッシー。とりあえずオレの小屋で休んでけよ。いい獲物

を仕留めてきたし。」

「だ、だから(ゲホゲホッ)イッシー言うなっつーの…」

あくまで屈託の無い中西に対してそれだけ言うと、男爵は中西の体にもたれかかるよ

うにして崩れ落ちてしまいました。

「おい、イッシー!寝るなよイッシー!……しょうがないなあ。」

中西は結局、肩に担いでいた山鳥を腰に括り付けて、男爵を担いで行くのでした。

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