小島姫第6話


小島姫が餅つき兄弟の家に落ち着いてから、1週間ほど経ちました。

疲れも取れた小島姫は、あの凄惨なリンチ事件の翌日からまともに家事を始めました。

小島姫の料理は、本人が豪語するだけあってなかなかのものでしたが、掃除に関してはあまり誉め

られたものではありませんでした。

ずぼらな小島姫には、「整理整頓する」ということが出来なかったのです。

ふすまやドアは開けっ放し、読んだ本は床に放置、床を掃くのでも四角い床を丸く掃く始末。しか

し、それでも持ち前の明るさで、小島姫は餅つき兄弟たちになじむことに成功しました。

洗濯に関しては、自分の着るもの以外はアイロンがけの必要さえ無い、黒パンツと黒いひざ当てだ

けですから、小島姫でも簡単に出来ました。


兄弟たちは、夜中寝室で姫の噂話をしています


「それにしても、小島姫が来てから献立からお雑煮が少なくなったね。それに、思ったよりもけっ

こうおいしいから、姫が来てくれて良かったねぇ。」

ドラえもんがニコニコしながら言います。

「そうだね。僕は料理のレパートリーが少ないから、助かったよ。家事の負担も減ったしね。大体、

いままで家事が出来るのは僕しかいなかったから大変だったんだよなぁ。」

高岩が言うと、タツヒトも

「そうだなあ。小島姫はノリがいいからけっこう楽しめるしな。」

コウとリュウもいっしょにうなずきました。

「何よりも、今まで以上に競馬予想がはかどるってのが一番のメリットかな。」

ニラがベッドに腹ばいになってGAROPを読みながら言いました。

しかし、部屋の隅でうずくまって、アイドルコラージュ(ネタ:遠藤久美子)に精を出している名

無しは、手を休めて言います

「まあ、料理は合格点をやってもいいが、あのだらしなさは何とかならないのか?女とは思えない

ようなズボラさじゃないか。せめて布団くらい毎日上げろと言いたいね。オレは。」

「まあまあ、それでもメリットのほうが多いんだから、いいじゃないか。小島姫を引き取って、結

果的に正解だったんだから。」

高岩は、名無しのいつもながらの身も蓋も無い言い草を、柔らかくなだめます。

「じゃあ、そろそろ寝ようか。」

高岩の言葉で、みんなのびをして部屋の電気を消してベッドに入りました。



魔女の天山は、毎日人々の注目を浴びて、御満悦でした。

「ああ、目の上のたんこぶだった小島姫も仕留めたし、これで私の立場を脅かすものはいなくなっ

たわね。」

魔法の鏡の前で、自慢の髪を丁寧にとかしながらつぶやきました。

「ふふん、そうかな?」

部屋の隅の影が盛り上がったと思うと、闇をそのまま衣装にあつらえたような、黒づくめの蝶野公

爵が現れます。

どうやら、お妃様と公爵は魔法仲間のようです。

「あら、公爵殿、こんな夜更けにどうなさったの?」

お妃様が機嫌良く尋ねます。

すると蝶野侯爵は、楽しそうに言いました。

「貴女があまりにもおめでたいから、忠告に来たんですよ。小島姫はまだ生きているんですよ。森

の奥深く、餅つき兄弟の家で、姫はまだ健在というわけです。」

公爵は、喉の奥でクックッと笑いながら、お妃様の背後に立ちます。

「そら、ご自慢の魔法の鏡でご覧なさい。」

公爵が、お妃様の耳元でささやきます。

「そんな・・・確かに私は憎き姫を始末させたはず!・・・鏡よ!」

お妃様が叫ぶと、鏡は森の中の餅つき兄弟たちの家を、次いで、深夜笑顔作りに励む小島姫を映し

出しました。

「な・・・

言葉を失ったお妃様の耳元で、公爵が囁きます

「ほら。中西が姫を森の中に解き放ったんですよ。貴女が食べたと思い込んでる姫の肝、あれはイ

ノシシの肝だったんです。まあ、イノシシも姫も、たいして変わりないと言えば変わりないですがね。

クックック・・・」

「な、中西ぃぃぃぃぃぃ!!」

お妃様は、額に青筋を立てながら爪楊枝をプツプツと突き刺していきます。

「ムトちゃん!」

公爵が叫ぶと、どこからともなくこれまた黒づくめのの武藤伯爵が、側転しながら現れました。

「これで小島姫を絞め殺してやるんだ。どうだい、お妃様?」

伯爵は、お妃様に言うと、腰の後ろから黒と黄色に塗り分けられた細い紐を取り出します。

「エーッ!これで小島姫を絞め殺すんだぞオラッ!」

公爵が叫びます。

それとシンクロするように、お妃様の興奮もどんどん煽られていきます。

「殺してやる!殺してやるぞ小島姫!」

伯爵は、どことも知れないところに向かって、紐にキスをかましてみせています。

「殺してやるぅぅぅぅ!こぉろぉしぃてぇやるぞコジマァァ〜〜〜!!!」

公爵は、お妃様の分厚い胸板(それは乳というよりもむしろ、胸板と呼ぶにふさわしいものでした)

の乳首をコリコリと刺激して、興奮を煽っていくのでした。

お妃様は、そのまま興奮のあまり気を失ってしまいました。



翌朝、お妃様が目覚めると、昨夜のことが真っ先に頭に浮かびました。

「あれは・・・夢だったのかしら?」

そうつぶやくと、はっとしたように右手にしっかりと握っている細紐を胸元に手繰り寄せました。

「夢じゃ・・・なかったのね。」

お妃様はつぶやくと、ベッドから降りて魔法の鏡で小島姫を映し出します。

「殺す、わ。私のすべてを懸けて。中西などにやらせた私が甘かったようね。」

お妃様は、さっそく行商人の変装を始めました。



ピンポ〜ン、ピンポ〜ン

暖かな日差しの降り注ぐ、平和な昼下がり。

餅つき兄弟の家のチャイムが鳴ります。



「は〜い、ちょっと待ってくださ〜い!」

小島姫が玄関のドアを開けようとします。

しかし、姫は一瞬高岩の忠告を思い出しました。

「誰か来てもドアを開けてはいけませんよ。もしかしたら悪い魔女かもしれないですから。魔女じ

ゃなくても訪問販売だったりしたら困りますし、ドアを開けるときにはちゃんとチェーンをかけて

開けるんです。わかりましたね。」

小島姫は、わかってるわよそんなこと、とかつぶやきつつ、慎重にチェーンをかけて、細くドアを

開けます。

「こんにちは」

ドアの外には、大きなかばんを持ったやたらと大きな顔の、スカーフをマチコ巻にしたオバサン行

商人が立っていました。なぜか、マチコ巻の下のほうから綺麗な金髪が一房はみ出ています。

「こんにちは!何の御用?」

小島姫は、反射的にいつもの最高の笑顔を顔面に貼り付けて、元気良く応対します。

「あら、お嬢さん、綺麗な髪ですねぇ。その髪をこの紐で結わえたらとても素敵でしょうねぇ。」

行商人は、笑顔で(と言っても目は笑っていないのですが、小島姫にそれに気付けというのはあま

りにも酷だと言えるでしょう)言葉巧みに小島姫のプライドをくすぐりつつ、黄色と黒に塗り分け

られた細い紐を取り出します。

「やだ・・・そんなこと言っても何も出しませんよ!バカヤロー!」

小島姫は、ついついのせられてしまいます。

「さあ、お嬢さんの素敵な髪を結わえてさしあげますから、ドアを開けてくださいな。」

行商人の言葉で、姫はうかうかとドアを開けてしまいました。

大きな顔の行商人は、大き目の手鏡(大きくないと行商人の顔は映しきれないのかもしれません)

をかばんから取り出し、姫に持たせます。

「ほら、この紐でしたら、お嬢さんのその素敵なまだらの髪にぴったりですよ。」

そう言いながら、大きな顔が姫の背後に回ります。

「なんだか照れちゃうわねぇ。綺麗に結ってね。」

小島姫は、手に持った鏡を覗き込み、いつのまにか笑顔の練習をしています。


と、鏡の隅に写る大きな顔の表情が一変しました。

邪悪を絵に描いたような残忍な大きな顔。それはなんと、紛れも無くお妃様の顔ではありませんか。

しかし、小島姫は笑顔作りに夢中になってしまってさっぱり気がつきません。

お妃様は、小島姫の首にすばやく紐を巻きつけると、一気に締め上げました。

笑顔のまま、泡を吹いて気絶する小島姫。

お妃様は、それでも容赦無くぐいぐいと紐を締め上げていきます。

顔面に笑顔を貼り付かせたまま、泡を吹いて、舌をはみ出させながら絶命した小島姫を一瞬見下ろ

すと、お妃様は「ついに、やったわ・・・」とつぶやいて、その場から一瞬のうちに消え去るのでした。



夕方になって、餅つき兄弟たちが帰ってきます。

「今日のごはんはなんだろうねぇ。僕おなかが空いたなぁ。」

ドラえもんが、むき出しのおなかをさすりながら言いました。

「きっと、小島姫が何かおいしいものを作っていてくれるんじゃないかなぁ?」

高岩が、一部家事から解放されたのがよほどうれしいのか、機嫌良く返事をします。

そのうち、兄弟たちは家の前まで到着しました。


名無しがふと足を止めます。

「・・・・・・暗いな・・・・・・」といぶかしげにつぶやきました。

「本当だ、明かりが点いてないぞ。小島姫、さてはまた家事をサボって寝てるんじゃないのか?」

同時に言うと、仲良し3人組は一目散に玄関へ走っていきます。

「ど、どうしたんだろう姫は?」

高岩が小走りに玄関へと向かいました。

「あぁ〜もしかして、今日はごはんが遅くなるのかなぁ〜。まあ、お菓子があるからいいんだけどね。」

ドラえもんは、食べること以外どうでもよさそうですね。


半開きになった玄関のドア、ポーチのところに舌をだらしなく出した小島姫が、泡を吹いて仰向けに

横たわっていました。しかも、3人組が「何寝てるんだよぉ〜!メシ作れよぉ〜」と叫びながら、順

番に小島姫の脇腹にサッカーボールキックを叩き込んでいます。

「ちょっと待てお前たちっ!いくらなんでも小島姫の様子が変だぞ!ただ寝てるにしてはあまりにも

不自然なところに寝てるじゃないか!?」

高岩が、3人組を遠ざけます。

「小島姫、小島姫起きてください!どうしたんですか・・・・・・・・・!?」

小島姫の体をゆする高岩。

いつのまにかその背後にいる名無しが言います、

「見苦しい死体だな。生きてるときも十分見苦しかったが。」

「し、死体!?そんなっ!どうして!?」

高岩が、うろたえつつも小島姫の脈を取ろうとしましたが、姫の手首を持った瞬間、血の通っていな

い冷たい肉塊であることを悟りました。

凍り付く高岩。

「おちつけ、落ち着くんだ高岩!これは僕らが殺したんじゃない。誰かに殺されたか、小島姫が何か

の病気か何かで死んだんだろう。病気ならいい。誰の責任でもないからな。でも、他殺だったらどう

する?もしそうだったら、一番先に疑われるのは第1発見者の僕らじゃないか!しかも、僕らは兄弟

だから、肉親のアリバイ証明なんて証明にならないし・・・ああ、どうしよう!いや、待てよ・・・仕事を

している時間に小島姫が殺されていたんだったら、職場の人間が僕らにアリバイがあることを証言し

てくれるじゃないか。そうだよ。つまり今僕らがやらなけりゃいけないことは、警察が来たときのた

めに現場を保存することだよ。そうさ。そうなんだ。あはははは!」

高岩が自分の世界から戻ってくると、名無しが小島姫の死体を検分しています。

興味津々に名無しの手元を覗き込む3人組。

ドラえもんとニラの姿が見えないところをみると、どうやら彼らはそれぞれ家の中で、お菓子を食べ

ていたり競馬新聞を読んでいると思われます。

「おい名無し、あんまり死体をいじくっちゃ、警察が来たときに余計な事するなって怒られるぞ。」

すっかり落ち着きを取り戻した高岩が、言いました。

なんて立ち直りが早いんでしょう。

さすがは7人の餅つき兄弟の責任者。

感傷にひたっている余裕は、無いということでしょう。

いえ、そもそも彼に感傷なんてモノは存在するのでしょうか。

兄弟の中でもっとも危険な人物は、もしかして高岩なのかもしれません。

それはそれとして、名無しが死体に顔を近づけて観察します。

「・・・・・・多分、死因は絞殺だな・・・・・・しかし、凶器はどこだ・・・・・・?」

名無しはしばらく首のあたりを眺めると、はっとしたように小島姫の首を持ち上げます。

「ああ、死体にむやみに触るなって!僕が言ったじゃないか!」

高岩が神経質に大声を出すのを無視して、名無しは首の段になっている肉に埋もれた紐を引っ張り出

します。

「これか、このマダラ女の首周りの肉が厚すぎて、凶器の紐が埋もれてたってわけか。いいかげん年

頃の女とも思えないような体だな。いや、女【だった】とでも言うべきか。こんなただの肉塊になっ

ちまってはな。ふふ・・・・・・」

名無しが地面に放り出した、小島姫の髪の色とおそろいの細紐で、3人組はあやとりを始めました。

「こらぁ!お前たちちゃんと現場は保存しろって・・・・・


「ふあぁぁぁぁ良く寝た。あら、また夜?もしかしてあたし久々にポカやっちゃったかしら。」


高岩の珍しいとも言える怒鳴り声を遮って、小島姫が何事も無かったように蘇生を果たします。

凍り付く高岩と名無し。

確かに死んでいたはずの人間が、よみがえる。

これは最大の奇跡、死者の復活というものではないだろうか?

いや、小島姫はそもそも人間なんだろうか?

小島姫が人間とは違った存在であるのならば、このように生き返ってもあまり不思議はないのかもし

れない。

高岩と名無しは、初めて同じ思いを共有したのでした。

ただし、それは恐怖という感情にとても近いものでしたが。

「今、急いでごはん作るわね。」

小島姫は、何事も無かったように笑みを浮かべると、家の中へと消えていきました。

後には、呆然と凍り付く高岩と名無し、そしてあやとりに夢中になっている3人組が取り残されます。

森の冷たい夜風が、彼らの間を吹き抜けるのでした。


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小島姫本編         
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