冬の鳥取砂丘シリーズ No.21

ぼうふう


写真の中で、丘の上に見えるのは草やゴミではなく、人です。

 

子供の頃の想い出とは、いつまでたっても消えないものである。
私が小学校の頃、母上と保育園になる妹とで砂丘にはまぼうふうを採りに行った。

※はまぼうふう。浜防風。セリ科の多年草。海浜の砂地に自生。茎の高さは約30センチメートル。若葉は香気があり食用。酢の物や刺し身のツマにもなる。

はまぼうふうとは言っても、当時はぼうふうと呼んでいた。「防風」なんて愛想のない漢字名だったことを知ったのは、今回このページを書くにあたり広辞苑を引いてからのことである。
また、ぼうふうとはまぼうふうは別物で、ぼうふうは漢方薬の材料になるもので、日本では栽培もされておらず絶滅したと言われているらしい。(このページでは、はまぼうふうのことを昔言っていたぼうふうと言うことにします)

あの当時は楽しかったな。確か春先のことだったと思う。
心に残る一生の想い出だ。


ぼうふう採りは、観光客のあまり来ない海際の方や、砂丘から東の岩戸方面にあたる比較的人のいない所で行われ、まさに自然の貸し切り状態だった。
3人は弁当を持って行って松林に座って食べた。
お菓子におまけ付きのグリコスポロガムや、仮面ライダースナックがあった時代である。

あたりの情景を詩的な音楽の力を借りて表現しよう。
音楽でいえばシューマン(Robert Schumann)のトロイメライのような情景。
それでなかったら、ショパン(Frederic Chopin)が嬰へ長調で書いたバルカロールといったところか。
(ピアノ独奏はもちろんアルトゥール・ルービンシュタインだ)
Artur Rubinstein

尤も、そんな音楽が辺りで流れているはずもなく、周りは野鳥の鳴き声と潮騒の自然の音響が包み込み、砂の乾いた匂いがほのかに香り、春のうららかな太陽が3人を見守る。
海の方を見渡せば、波打ち際に打ち寄せる白く泡立ったおだやかな波が、小さな海藻の子供を届けに来ては引き戻り、この次すぐにまた迎えにくる。
そんなのを飽きもせずに、ずっとやっている。
遠くではカラスが3羽、堆砂垣の上で遊んでいる。
それはそれは、うららかな春の一日。ゆっくり時間が流れていく。




幼い妹は右手の人さし指と中指の2本をくわえるのが癖で、砂をいじる事から始終母上に注意されていたのを思い出す。
一日中小さなシャベルを持ってぼうふうを探し歩く。確か茎の砂に埋まる部分から根っ子にかけて紫色だったような気がする。
帰りには背負っているリュックサック一杯にぼうふうを詰め込んで帰る。
なんだか今にして思うと映画のワンシーンのような、モネの印象派の絵画のような一日。

砂浜をほうぼう歩くと、さすがに疲れる。幼い妹はしまいには泣き出してしまう。
むずかる妹を仕方なく背負い込み、片手で荷物を持って歩く母上。その後をついて回る私。最初の頃の勢いと好奇心からくる元気はその頃には消失して、私はいつしか母上の5メートル後ぐらいのところを砂を踏み締めながら、下ばかり見てついて回るようになっている。
もう、ぼうふう探しなんかまっぴらだという風になっている私。
子供とは現金なものである。
左には波打ち際、右には松林が広がる、砂丘でもあまり人が来ない場所をとぼとぼと、ゆっくり進んでいく。潮風と陸の乾いた風が混じりあってとても心地よい。
そんな情景。

そんな中、ふと母上が私に向かって言った言葉がある。
これは、今だもって忘れることのできないものである。

「とおるちゃん。とおるちゃんが大きくなっても、絶対に女の人と二人でこんな所に来たらいけんで。おかあさん、絶対に承知せんで」
私の方を見ずに小声で諭すように言う母上。一瞬、私は何で叱られたのか解らなかった。

私には最初何のことだか分からなかったが、伏し目がちに私の手を引いて急いで通り過ぎようとする母上と、その意識するしないにかかわらず視界の中に入って来つつある砂浜にてもつれあった男女に、ことの意味を悟った。
心の中でその存在を打ち消しても、厳然と彼らは砂浜に横たわってもつれ合っているのである。無視できる訳がない。止めてくれと言う訳にもいかない。
鳥取砂丘は私達だけのものではないのだし、子供向けの遊園地でもないのである。
母上とすれば、子供の教育上この上なくよろしくない状態が、厳然と迫りつつあるといったところか。
でも、今来た行程を引き返すだけの気力も無いし体力も無い。砂丘というのは普通の道を歩くのの数倍も体力を消費するのだ。ここまで来てそうそう簡単には引き返せない。
従って、引き返すよりも目をつぶってでもこのピンチを切り抜けたい。そういったとこだったのだろう。
今まで私達3人のみの貸し切り状態だった砂丘の自然に、突然の乱入者。
静かなまでの自然の中に突然の乱入者登場なのだ。
いや、彼らにとっては、こちらが彼らのテリトリーに乱入したといってもいいだろう。彼らは砂浜に二人して身を横たえたまま、動いて来たのはこちらなのだから。
子供の頃の年若い私と言えども、さすがに事のまずさには気がついた。
なんだか、子供心にとてもすまない気がした事を憶えている。


その気まずさから、早くも25年が過ぎ去った。
砂丘の誰もいない所で女の子といちゃつきたい、とは思わない。
それよりも・・・、
女の人と二人であんな所に行きたくても、そんな相手がいない

1998/1/24 Toru Okajima

 

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